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本が出るので好きだけ祝ってください。
amzn.asia/d/gcb5v4i
特別支援学校には「介護等体験」にくる学生がいる。これには「支援学校の先生にはならない学生」が含まれる。だから障害のある子どもたちや特別支援教育の知識がないのは仕方ないし、こっちも戦力だなんて思ってない。ただ、「特支に興味ないんで」ってスタンスが隠せないなら先生になるのはやめときな。
チャットモンチー(済)の福岡晃子さんと盛岡のISAI PARKでトークイベントをやります。このイベントに向けて、あっこさんと相談しながらめちゃくちゃクールなグッズを作ってるのでご来場のみなさまは楽しみにしててね!矢野さんやヘラルボニーのみなさまは初耳だと思いますが、聞いてたことにしてください。
instagram.com/p/DeML0jfiVAN/…
@ISAI_PARK
今日は、おなじ学校の先生たちとたくさんの雑談ができてたのしかった。その輪には若手も中堅もベテランもいた。時期的にも少し余裕があるのでほとんどみんな定時退勤だし、心身が充実してそうでなにより。仕事なんだから仕事(教育や子ども)の話だけしよーやって意見もわかるけど、人と人が協力して働く現場において「仲がいい」ことは最重要事項。先生同士が、馴れ合わず、プロとして人間として仲良しでいることは絶対に子どもたちにもいい影響があるんだから。仲良くやろーね。すてきな仲間と働けてうれしいですサンキュー。
特別支援教育はパズルみたいだなぁとよく思う。子どもの枠にぴったりハマるピース探す。ちょうどハマるのがあればいいけど、ないなら削ったり伸ばしたりしてピースの形を整える。ときにはピースの形はそのままで、枠を縮めたり広げたりしてもらう。ひとりひとり、オーダーメイドのパズルをつくる教育。
特別支援学校に通うほぼ全員の子どもたちが、YouTubeの右下に出現する「広告をスキップ」を光の速さで押す。発語のないあの子も、重度のあの子も。その姿を見て「ポジティブな見通しのあるストレスの少ない活動」は習得しないわけないよなと改めて。
「繊細な先生」こそ支援学校においで。むしろがさつな人はきびしいんじゃないかな。
繊細で敏感な人ほど、発語がなかったりうまく要求を伝えられなかったりする子どもの気持ちを汲んであげられるだろうしね。一見、意味がない(ように見える)行動の意味だって見つけられる繊細さとかすてきじゃない?
視覚支援が効果的な子どもに伝えるときは「情報をしぼる」ことに気をつけよう。子どもはこっちの見てほしい情報を見てくれるとは限らない。たとえば写真や絵カード(イラスト)で「オムライス」を伝えたいのに、横にスプーンやコップがあればそっちに注目しちゃうかも。必要な情報「だけ」にしぼろうね




