アホなサーバー構成と管理権限で情報ダダ漏らした会社のシャッチョさんがはしゃいでるの、側から見ると痛々しいというか、キモいんだけど、オーナー会社にいると分かるんだ、実際会うとオーラがあってああいうはしゃぎっぷりも含めて社内では信者社員がすげ〜って戦ってる!てなるの
知らんけど
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突然のポエム。
再生に向けての取組み状況
nidec.com/files/user/www-nid…
Claudeが優秀すぎて最近スタッフ/シニアに作業依頼する前に、AIにやらせた方が早いし確実だし気も使わないし楽なのでは?という思考ステップが挟まるようになって、繰り返すやるタスクならskillsにしてやらせると、プロセス固め〜作業完了まで1-2時間で終わっちゃうからどんどんAI頼みになってる
何より今頼むと、2-3分で成果物が出てきて、検証ロジックも入れて報告させればおかしなとこも報告してくれるから早くて安心なんだよな。人育てるよりAI育てた方がメリットがあるという
あえて人育てるなら、その人になにか仕事上の魅力がないと動機がない。自戒も込めて...
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AIの発展には、士業にもメスを入れる方向ですね。たしかに、士業はいらなくなってくる。
例えば、「人」による行為・業務を前提とした、
いわゆる「業務独占規制」(士業など)とAIサービスの関係性について、府省庁横断的に整理・明確化を進めるべきではないか。
www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_ex…
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コントローラー投げて突っ伏すほど泣いた…!😭✨
dengekionline.com/article/20…
電撃オンラインの企画・“泣けるゲーム”投票で『FF14』がスコア9.1点を獲得!
敵に感情移入した『漆黒』や旅の軌跡が蘇る『暁月』など、ヒカセンたちの熱すぎる愛に目頭が熱くなります…!
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ペロブスカイト官民で量産へ 国がリコー・長州産業に補助金1000億円
nikkei.com/article/DGXZQOUA2…
백업 서버마저 실시간으로 랜섬웨어에 같이 걸려 있었음 같은 내부 네트워크 망에 연결되어 있던 게 화근이었음 그 순간 머리가 하얗게 질리면서 진짜 길바닥에 토할 것 같았음
다행히 남은 마지막 카드가 하나 있었음
매주 수요일 퇴근길에 외장하드에 따로 회사 주요 데이터를 수동으로 백업받아서 내 자리 서랍 깊숙이 넣어두는 습관이 있었음 귀찮아서 몇 번 빼먹을 뻔했던 그 외장하드였음
떨리는 손으로 서랍을 열어보니까 다행히 그 외장하드가 고스란히 들어있었음 혹시나 싶어 랜선이 뽑힌 감염 안 된 노트북에 외장하드를 연결해서 내부를 확인했음 천만다행으로 수요일 오후까지의 데이터가 아주 멀쩡하게 남아있었음
토요일 새벽부터 하루 종일 밤을 새워가며 사무실 PC 40대를 전부 포맷하고, 서버를 새로 구축한 뒤 수요일 자 데이터로 복구를 진행했음
결국 목요일과 금요일 이틀 치 데이터는 날아갔음 하지만 그건 월요일 아침에 출근한 직원들이 보관 중이던 종이 서류와 이메일 발송 내역을 일일이 확인하며 손으로 다시 입력해서 메꿨음 예정된 출고는 오후로 조금 밀리긴 했지만 단 한 건의 구멍도 없이 무사히 나갔음
이후 한국인터넷진흥원(KISA)에 랜섬웨어 피해 신고를 접수했고 경찰청 사이버수사대에서도 정황 확인차 연락이 왔음
나중에 로그를 추적해서 감염 원인을 찾아보니까, 영업팀 직원 한 명이 택배 조회 메일에 첨부된 악성 파일을 무심코 열어본 게 시작이었음 그 직원은 월요일 아침에 나한테 찾아와서 미안하다며 거의 울먹거렸음
사장님은 사건이 다 수습되고 나서 "그때 비트코인 안 보내길 진짜 잘했다"고 허탈하게 웃으며 한마디 하셨음
그리고 그다지 길지 않은 치사에 이어, 다음 주에 내 책상 위에 외장하드 두 개를 더 사서 올려주셨음 이제부터는 매일 요일별로 백업을 받으라고 하셨음
지금 내 자리 서랍 속에는 월, 수, 금 이름표가 붙은 외장하드 세 개가 든든하게 들어있음
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Nike’ın piyasa değeri Kasım 2021’de 280 milyar dolardı. Şimdi ise 57 milyar dolara geriledi ve S&P 100’den çıkarılacak.
Nike yıllarca basketbol ayakkabılarını basketbolun içinden gelenlere, koşuyu koşuyu bilenlere, futbolu futbolu bilenlere yönettirdi.
Sonra 2020’de şirketin başına daha önce eBay’in CEO’luğunu yapmış, sektörle alakası olmayan John Donahoe diye birisi geldi.
Bu bu adam McKinsey’den danışmanlık alıp şirketin yapısını değiştirmeye başladı.
Yıllardır Nike’ta çalışan, ürünü ve sporu bilen yüzlerce tecrübeli çalışan gönderildi. Şirketi Excel üzerinden yönetmeye çalışan, saha tecrübesi olmayan insanlar getirildi.
Koşu, basketbol, futbol gibi kategoriler kaldırıldı. Kategori satısı üçe düşürüldü ve sadece erkek, kadın, çocuk kategorisi kaldı.
Yani insanlar aradığı ürünü bulmak için daha çok zaman harcamaya başladı.
Ardından mağazalara ürün vermek yerine internetten kendimiz satalım, kâr da bize kalsın denildi ve yıllardır Nike satan birçok mağazayla ilişkiler azaltıldı.
Pandemide internet satışları patlayınca sistem bir süre çalıştı.
Sonra pandemi bitti ve insanlar mağazalara geri döndü ama Nike’ın boşalttığı raflara Hoka ve On Running gibi markalar çoktan yerleşmişti.
Nike kendi elleriyle rakiplerine yer açtı.
2023’te Nike hatayı fark edip kaldırdığı koşu, basketbol ve futbol kategorilerini yeniden geri getirmeye başladı.
2024’te Nike’ı batırma noktasına getiren Donahoe gitti.
Yerine Nike’ta stajyer olarak işe başlayıp 32 yıl boyunca şirkette çalışmış Elliott Hill geldi.
Yani şirket birkaç yıl boyunca sporun içinden gelen adamları gönderip teknoloji şirketi mantığıyla Nike yönetmeye çalıştı.
Sonra işler sarpa sarınca dönüp Nike’ın içinde yetişmiş adamları geri çağırdı ve şirketi onlara teslim etti.
Ama artık toparlamak çok zor, iş işten geçti.
Veri bir şeydir ama her şey değildir. İşi, işi bilmeyen adama teslim ederseniz dünyanın en büyüğü de olsanız kaybedersiniz.
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村上龍を、マッチョでスノッブな「成熟した大人」の作家として読む。
じつに、安い読解である。
セックス、暴力、金、ワイン、料理、ホテル、車、海外経験。
世界の仕組みを知り、自分を律し、欲望を選別し、一流と二流を見分ける。そこに完成された男性像を見る。
何も読めていない。
村上龍が書いているのは、むしろ、「一流を知る成熟した大人」という自己像の、容赦ない解体である。
世界を知っている。女を知っている。金の使い方を知っている。うまいものを知っている。いいホテルを知っている。素人と玄人を見分けられる。
その「知っている」の堆積が、村上龍のテクストでは次第に滑稽なものへ変わっていく。
なぜなら、その鎧の内側にいる人間は、少しも完成していないからだ。
『限りなく透明に近いブルー』を異様な小説にしているのは、セックスやドラッグではない。皮膚、血、光、虫、食べ物、匂い、音。世界の細部が、皮膚を直接こするような解像度で迫ってくる。
そこにいるのは世界を支配する強者ではない。刺激を遮断できない、無防備な身体だ。
強さが書かれているのではない。強さを必要とするほどの脆さが書かれている。
『コインロッカー・ベイビーズ』の中心にあるのも、巨大な暴力ではない。捨てられた子供だ。
巨大な音、巨大な都市、巨大な破壊。
小さなものが、小さいままでは生き延びられない。だから巨大になる。
料理、ワイン、車、ホテル、音楽、服。村上龍が執拗に書き込む固有名詞も同じである。
それを「一流を知る男」の審美眼としてありがたがるのは、小説のアイロニーを、そのまま人生訓として受け取る間抜けだけだろう。
ここに村上龍をめぐる最も倒錯した誤読がある。
彼が戯画化している「大人」に憧れ、その身振りを模倣し、それを村上龍の思想だと思い込む。
アイロニーの標的になっている人間が、アイロニーを自分への賛辞だと思っている。
村上龍が書いているのは、成熟ではない。
傷つきやすい身体。捨てられる子供。消えてしまう美しいもの。世界から切断されることへの恐怖。それでも世界に触れていたいという欲望。
だからセックスがあり、暴力があり、爆音があり、美食がある。
まだ感じられるか。
その問いが、ずっと身体に突きつけられている。
マッチョイズムもスノビズムも、その問いを覆う鎧にすぎない。
その鎧を「成熟した男の美学」として鑑賞するのは、村上龍を読むことではない。
村上龍が笑っているものを、真顔でありがたがっているだけである。































