
77期/中野剛志氏推し/MMT,保守見習い,反グローバリズム,反ネオリベ/プロフ画像はたか( @ta_ka270 )さん作
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【進歩派のジレンマ】多文化主義と所得再分配が両立不可能である理由|経世済民大学院生 #note
多文化主義に基づく移民政策が如何に社会を壊すか、について書いてみました。
司法試験まで1ヶ月切ってる時にこんなことしてる場合じゃないんですけど。笑 note.com/liberalism_stu/n/na…
経世済民弁護士 retweeted
部活の廃止、日本社会を根底から変えるくらいのインパクトがあります。
神戸市、京都市では、民間委託的な仕方に切り替えようとしているらしいが、うまく行くのだろうか。システムとしてはうまく作っても、中学生にとって部活が、「基本的には入るもの」から「どうしてもやりたいという人だけが入るもの」へと、ステイタスが変わるなら、それはもう昔日の部活ではない。
部活が何を担ってきたのか?
まずは、最小限の費用でスポーツや文化活動に参加できること。スポーツや音楽などの裾野の役割を果たしてきた。日本代表のサッカー選手だって、半分くらい部活出身だ。この役割が崩壊すれば、今後、スポーツや文化部門への人材供給が枯渇する。「地域のクラブや道場、教室などでやればいい」という意見があろうが、それは違う。かかるコストは必然的に高くなる。それらは基本的に商業ベースなのだから。そして、部活が廃れれば、月謝を払える家庭と払えない家庭との格差がはっきりする。
青少年の社会性構築の場としての部活。学校での人間関係の基礎は同輩、クラスメートであるが、上下の学年との交流が生まれる。中年にもなると1~2歳の年の差なんてあってないようなものだが、子供は違う。先輩としての責任やら振る舞いやら、後輩としての礼儀やらを学ぶ機会を与えてきた。また、チームスポーツや音楽などでは、協力協働のイロハを学ぶ。
体力錬成の場。中学部活の基本は運動部だから、この機能は大きい。
子供の居場所。勉強がイマイチ苦手な子でも、部活の時間になるとイキイキする子はたくさんいるだろう。部活が「基本的には入らないもの」となるならば、不登校・退学は大幅に増えるのではないか。
そして、いま「部活はもうやめてよい」と文科省が考えているのだとすれば、それは青少年の無気力化、去勢をこの日本社会がすでにやり終えたことの証明だろう。自分が中高生のとき気づいたが、部活の最大の意図とは、青少年、とりわけ中学生を拘束することだ。だんだんと難しい時期に入ってくる中学生に自由時間を与えるとロクなことをしない、という性悪説に基づき、放課後の時間と休日を徹底的に奪う、というのがおそらくは最重要の機能だった。これをもうやらなくてよい、と文科省が思っているのだとすれば、今日の中学生はあまりに無気力なので反抗も悪さもしないだろう、と見なしているわけだ。私には、大変恐ろしいことだと思うが。
そしてもちろん、部活の廃止に向かった最大の理由は、学校の先生の過剰負担である。これは絶対に対処されなければならない。とすれば、必要なのは、民間委託された活動にほぼ全部の中学生が参加できるようにする予算措置であろう、と私は思います。
京都市も、中学校の部活動を「廃止」する。
これは京都だけの話ではない。
神戸市では一足早く、今年8月末で中学校の部活動を終了し、9月から地域クラブ活動「コベカツ」へ全面的に移行する。
では、部活動そのものがなくなるのか。
そうではない。
これまで教師が顧問として担っていた仕事を、学校の外、つまり民間に投げる。
コベカツでは、スポーツクラブ、地域の文化団体などが運営主体として登録し、指導者を用意する。
一方で、体育館、グラウンド、音楽室など、学校が持っている施設は引き続き活動に使える。
つまり、民間のスポーツクラブに子どもを通わせるのとは少し違う。
民間や地域団体がゼロから施設を用意するのではなく、「学校という公共インフラは残したまま、教師が担っていた人的サービスを外部に委託する」という仕組みだ。
これなら月3,000円程度の会費でも成立しやすい。
普通の民間クラブなら、施設費、光熱費、設備費、指導者の人件費まで全部月謝から出さなければならない。
しかし学校施設を使えるなら、その固定費を大幅に減らせる。
そして、僕が見ているのは部活動だけではない。
行政がこれまで自前で抱えてきた仕事を切り離し、民間や地域に担わせる。
公共インフラや公費は残す。
しかし、実際にサービスを提供する人や組織は外へ出していく。
コベカツは、その分かりやすい一例だと思う。
まず教育から。
そして、この先もっと大きなテーマになるのは社会保障だ。
年金、医療、介護。
国や自治体がどこまで直接抱え、どこから先を民間に担わせるのか。
僕は、これからの行政を見るうえで、この境界線がどんどん重要になると思っている。
よくやった。
飲食サービス業はデータを見れば一目瞭然だが、
・労働時間 ←ワースト二位
・平均年収 ←ダントツで低い
・離職率 ←ダントツで高い
人手不足?奴隷不足の間違いだろう。
当然だが魅力的な職場には多くの優秀な日本人が応募する。
外国人を争奪する前に労働環境を見直せ。
外国人採用急停止「よくやった」の声も 高市印「厳格化」の行方
mainichi.jp/articles/2026081…
政府が踏み切った特定技能1号「外食」の受け入れ停止は、新たに海外から人材を呼び寄せる手続きが主な対象です。外食企業は国内在住者を集めるしかなく、現場では「外国人材争奪戦」が激しくなっています。
愛知県の経済が強いのは昭和の政治家のおかげ。
愛知県は基礎自治体のほとんどに高規格道路を通し、工業用水などのインフラを整備して製造業を誘致した。
重要なのは「合併前の」基礎自治体基準なので、御津町や小坂井町、額田町にまで大手企業の拠点がある。
愛知県はどこに住んでも雇用がある。
経世済民弁護士 retweeted
「小選挙区制も比例代表制も、いわゆる「政党本位」の政治を主眼にしているため、政治家個人から自由討論の能力と習慣を奪いとるであろう。」(西部邁『リベラル・マインド』、1993年)
経世済民弁護士 retweeted
嘘!?
あのアメリカが!?
フリゲート1隻納期も計画も守れず作れなくて計画中止や建造中の原子力空母が遅延しまくり、ここ20年ぐらいロクに陸軍の新兵器完成させれない製造業がド貧弱、設計計画能力もダメダメなあのアメリカ軍産が!?!?
Replying to @hiuta_illust
これはもっと論点に上げていい。
まさにアメリカが軍事産業でしか経済が回らなくなっており
国内の経済が不安定になると戦争を始めて武器を輸出して、稼がざるをえなくなっています。
Readers added context they thought people might want to know
アメリカにおいて売上高ランキングの上位は、情報通信業や小売業、自動車産業、金融機関、エネルギー産業などが占めています。「軍需産業でしか経済が回らない」は事実ではありません。
finboard.jp/rankings/usa/r…
jp.tradingview.com/markets/stocks…
防衛費の拡大を批判する人達が、中国のこれまでの軍拡をどのように整理しているのか、全然見えてこない。
防衛費の拡大は直ちに戦争に繋がると安直に考えがちだが、バランスオブパワーが戦争を抑止することを考慮すれば、中国の軍拡に対応しないことの方が、むしろ戦争を引き起こすとさえ言えるのに。
今まではまともな保守論客だけが「小選挙区制はクソだからさっさと中選挙区制に戻せ」と言っていて、リベラル派は「それだと旧来の派閥政治に戻るだけ!絶対反対!!!」って言ってきてたわけだけど、ようやくリベラル派達も小選挙区制の劣悪さを身をもって痛感したんじゃないですかね。遅すぎるけど。
ちゃんと見れてないけど、中道さえ作らなければこんな高市自民が圧勝する情勢にはならなかったとは言えるんだろうな。
高市の年始解散や党首討論ドタキャンが不誠実だといくら言われたとて、「一番不誠実なのはお前らだろ…」という第一感が頭からこびりついて離れないのよ。みんなこれは同じでしょ。
経世済民弁護士 retweeted
ナショナリズム、結局「仲間意識」以上のものではないので、これを取っ払っちゃうと国民国家という枠の中で仲間を支援するために成立した社会制度、すなわち学術支援から社会保障、最悪人権にいたるまで消滅しかねないとは感じています。単純なナショナリズム否定は完全賛美と同じくらい危険ですよ
経世済民弁護士 retweeted
「ノーベル賞を取れた。日本はすごい」
に対して
「その人の功績であって、日本はすごくない」とする言説が一時期あったが、
その考えが浸透すればすぐに「国費を出す必要はないだろう」という話になるよね。
学術研究に国費を投じる以上、ナショナリズムに訴えることは必要不可欠だと考える。
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経世済民弁護士 retweeted
僕年配は覚えていると思うのだけど、しんかい6500は将来の海底資源開発が国家間で苛烈化するとの予測のもと、海底に関する科学データを掌握している国が競争に勝つとの戦略の上で開発され、それもしんかい2000を開発して、その経験を活かすという堅実なロードマップのものだった→
経世済民弁護士 retweeted
私見(やや長文)。メディアの討論会などで山本太郎代表が唱える経済政策は、内容的には至極正しいと思います。では何故れいわ新選組はここに来て伸び悩んでいるのか?
参政党が作り上げてきたような地方からのボトムアップの組織力が足らないのに加え、決定的にまずいのは「国家嫌い」だと思います。市場への国家の介入に多くを求める積極財政を唱える一方で、れいわは国家を軽蔑し、憎むかのように見えます。
早い話、れいわの街頭デモのあのスタイルは、抗議・罵倒・要求を通して、怒りやルサンチマンの発散を感じさせてしまいます。対照的に、参政党が全国各地で日々行っている街頭演説から先ず伝わってくるのは多くの場合、明確に遠慮なく表明される個々の主張の前に、自分たちの共同体である日本を守りたい、良くしたいという弁士自身の気持ち、つまり愛です。
れいわ新選組の人びとは、前々回の参院選で「当事者が一番のスペシャリスト」という当事者至上主義――これは究極の差異主義であり、多様性志向です――を広めたように、人間観が意外に個人主義的です。集団になる場合でも、組織化されることを嫌う傾向が強いように見受けます。ですから、れいわの議員は皆、日本国籍を括りとする有権者の選挙で選出されるにもかかわらず、国籍を問わず「この国に生きるすべての人びと」のための政治を行うと標榜します。
ところがその姿勢が、イデオロギーの深い部分で積極財政策と齟齬を起こしてしまうのです。なぜなら、積極財政は一定程度のナショナリズム(=国民の同胞としての連帯+集団的エゴイズム)を必要とするからです。これこそ、れいわ新選組が反ナショナリズムであるがゆえに抱える根本的な矛盾であり、現在の同党の伸び悩みの主たる原因だろうと思います。
経世済民弁護士 retweeted
一夫一妻制国家の王朝は平均して3世紀程度続くが、一夫多妻制王朝だと1世紀(3世代程度)にも満たない場合も。
イブンハルドゥーンのようなサイクル的な史観は、一夫多妻で国家興亡が垣間見える環境からうまれたのだろう。
経世済民弁護士 retweeted
エリート階層が固定化されると自己増殖してしまうので、特に中世はエリートの数を抑制するため、彼らを回収/防止する役割が重要になった。
カトリックの修道院(未婚)や科挙制、マムルークなどの制度として現れてくる。
経世済民弁護士 retweeted
ピーターターチンの分析だと、一夫多妻は国家体制の崩壊までのサイクルが短くなってしまうのよな。
特に格差がある社会の場合、富裕層が子供を大量に産むことを促すけど、それは読書階級(非生産者)の子弟が指数関数的に増大する事に同義で、エリートの椅子を巡る争いから3世代程度で社会不安になる。
経世済民弁護士 retweeted
実際に産業界にいる身として、これは【誤りだ】と強く言いたい。
例えば造船業は遥か昔から、他国に売り、他国と競争し、世界のトップにいた。
それは母国語で理解出来るように便覧を作ったりした先人の努力故に、技術者の裾野が広かったから。
この施策は、それとは逆の結果を招く危険性があります
大学教員の立場で、ちょっと長めの真面目な投稿です。
今年度から東大の工学系では、全授業が原則英語化されます。
これは必ずしもいきなり全て英語で授業が行われるということではないのですが、授業の履修者に英語での授業を希望する学生がいる場合には、大学側は英語で授業を提供する原則になったということで、大学が広く国際的に文句を広げ、かつ流動的に学生や教員を集めていく施策の基幹的な動きになります。たとえ日本人学生がマジョリティーの場合でも、原則英語の授業が今後増えてくることになります。もちろん一部の日本語でないと成立しない授業(例えば建築士免許に必須の法規に関する授業など)に関しては日本語のまま残りますが、それらはあくまで例外で、基本的には今後東大の工学系で学びたい人は英語で授業についてくる語学力がないと、十分に機会を生かし切れないような状況が、徐々にデフォルトになっていきます。
これに関しては、僕が決定に関わっているわけではないので何も言う立場にはありませんが、もちろん日本語話者の学生に不利になる可能性や、そもそも国の財源で運営される大学が他国語で授業をやるのはいかがなものかといった疑義に対しても十分に議論をされた結果の強い判断なのだと思いますし、僕自身、国際的なアカデミアや実務・開発の環境に身を置く中で、今後日本語に閉じた授業や研究環境にこもっていては、大学としても、卒業生の価値としても、引いては日本の産業競争力や国力としても、確実にジリ貧になるのは目に見えている(というかもう既になっている)中で、必要不可欠な、もしくは少し遅しすぎるくらいの動きなんだと思います。
日本の大学や産業開発力の国際的なプレゼンスの低下は、中で見ていても外から見ても著しいですし、語学だけでなく組織的な問題や発信力予算の使い方や配分に関するところにも、むしろより根本的な問題を抱えています。海外に出て専門性の必要な生活をしてみるとわかりますが、語学と言うのは単純に自動翻訳ができれば済むものでは決してなく、人と人とのマルチモーダルなコミュニケーションの総体なので、いろいろな場面で即応できる総合的な能力及び感覚を持っていないと、国際社会で相手にすらされなくなってしまいます。
こうしたところを大学側だけでなく、教育を受ける側研究をする側教える側、さらにはそうした人材を活用する社会全体で意識を共有して変えていかないと、少なくとも最先端を開拓する目的を持った領域ではどんどん時代に取り残されるだけだと思いますし、しっかりその辺の意識や意義を及して取り組んでいく必要があるのだと強く感じています。
実際僕も、建築学専攻でこの3年間やっている修士向け設計スタジオは毎回必ず何人かは海外からの留学生がいるので、原則英語での授業になっていますし(ただしこれは修士課程だから海外留学生が多いということで、学部ではこうした状況にはまだしばらくなりそうにはありません)、今年からはおそらく修士向け講義の「建築都市の情報空間」も英語での講義になるんじゃないかと半分覚悟はしている(もちろん資料の準備はできていない)状態です。
僕だってもちろん日本語の方がニュアンスが伝えやすいし楽だし、英語だとわからなそうな顔をしている学生を横目に見て授業するのも辛いんですが、やっぱりここは変えていく必要はある。例えばタイや台湾、マレーシアなどの主要大学で講義やコミュニケーションをしていても、普通の大学生が英語でコミュニケーションできる能力はおしなべて東大よりあちらの方が断然高い。この状況はとにかく変えないと、いつまでも内にこもって相互評価で満足していてはとにかく本当にヤバいのだと感じます。
ということで、これから東大を目指す皆さん、ぜひ英語でコミニケーションできる能力、半ば海外留学がいつでもできるような感覚を、しっかりと磨いておいてください。これは皆さんの将来にとっても、常に広めの視野と選択肢の中で生きていく上でも、とても重要なことなのだと思います。






















