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名前変えたのでURLも変更しました!
lim-hwang.com
大学の教授に君の作品は既に大学院生、もしかしたらそれ以上のレベルだよと褒められ凄く嬉しかったので自慢させてください…!!
ウェブサイトのURLです!
lim-hwoang.com/
配布するポストカードは今の所こんな感じです!
お久しぶりです!
ご縁があり、このたびクラシック音楽の演奏会とコラボレーションさせていただくことになりました。
演奏曲のイメージに合わせた私の写真をポストカードとして数種類配布予定です。
詳細は決まり次第、またお知らせいたします。
会場は東京です🗼
teket.jp/18263/69723
お久しぶりです!
ご縁があり、このたびクラシック音楽の演奏会とコラボレーションさせていただくことになりました。
演奏曲のイメージに合わせた私の写真をポストカードとして数種類配布予定です。
詳細は決まり次第、またお知らせいたします。
会場は東京です🗼
teket.jp/18263/69723
無事大学院生活1年目を終えました。1年間ずっと辞めようか悩んでいて、とりあえず休学することに。
ほぼ使うことのなかった自分のスタジオ、昨日写真と荷物を整理して空っぽにした。
少しだけ寂しかったけど、気持ちはスッキリ。新しい州で新しい生活に不安もあるけど楽しみ。
Lim retweeted
自分が撮ってる写真がなにかってことは、他人に質問して分かることでもなく、ムリに「言語化」すればいいものでもない。かといってコンセプチュアルに写真を仕上げるってのは、単にひとつのテーマが持てば成立することでもない(本来は論文書けるレベルの徹頭徹尾ガチで独自の論理が求められる)。
そうでもない写真の場合、やっぱり自分の琴線に触れたものを自然と撮るもので、その意識よりもさきに身体が反応して動く、シャッターを切る、切れるところに、写真の面白さがある。それは撮る人なら誰でも知っているはずだ。だから写真はやっぱり、撮らないと始まらない。撮って撮って、それでもよくわからなくても、例えば十年二十年が経ったある日、ふと見返した昔の写真に気付かされること、教えられることがずっとある。時間が経てば自然と忘れてしまう、あの頃の自分がどんなだったかとかさ。写真から教えてもらうことって、案外あるんだよな。私はそれを、写真との言葉なき対話と呼んでいる。
じゃあ普通に写真を撮る人と、例えばアーティストと呼ばれる人との違いが何かと考えるなら、やっぱ人とは違うものを見て、感じて、疑問を持って、時間をかけて自分が撮った写真を振り返ることを忘れず、ずっと考えることかもしれない。見る人に「きれいですね」「いいですね」と思わせることよりもずっと、「これはどういうことだろう」「なぜこんなものを撮ったんだろう」と疑問を抱かせるくらい、人とは少し違うチャンネルで世界を見ること。そのとき、写真はカメラやレンズの良し悪しでは語れない、その人の視点として成り立つのかもしれない。
だから乱暴な言い方をするなら、そういう写真を撮りたいなら、人と同じことをしてたり、自分と似たような人たちの中で暮らすことをやめることだ(本当に乱暴な言い分で申し訳ない)。自分とは根本的に異なる圧倒的他者のなかで自分自身を強く拒絶されるような環境に自分を置くことかもしれない。自分を孤独の中に置きながら、他者を他者として見つめるということは、こと写真においては大切かもしれない。
そんなような話を書きまとめたのが、下のnoteです。500円の有料記事だけど、読んで気に入らなかったら返金もできるようにしてあります。良かったら読んでみてね。
note.com/tomokosuga/n/n68b8f…






































