Pinned Tweet
【サクラノ刻ティザーサイト】
makura-soft.com/sakuranotoki…
古典でも、たとえばジークムント・フロイトなんて扱いが難しく、80~10年代ぐらいまでは、フロイトは疑似科学的に扱われていたのですが、最近は評価が再び上がってきたりします。
古典読めば良いというのも難しい問題で、心理学もだけど、民俗学、柳田国男とか折口信夫とか、この辺りも読み方に注意が必要だったりする。
少し前に、ボクが物語の参考のために使ったと説明して白川字書三部作の写真を載せたら、それ系の学部生から「白川静など研究として問題がありすぎると」と批判が書かれていたので「創作において正しい研究を引用するのが正解ではありませんし、そもそも白川静が字書学において疑問が成されていることは結構有名ですよ」と返した記憶があります。
古典を読めばいいというのも、わりかし難しいもので、どちらかといえば読書の醍醐味は「信用しきって読んで、それがある日全部間違いだったとひっくり返されても面白がれる」事だと思ったりします。
古典だからって信用してはダメですよ。
少なくともボクはアルフレッド・アドラーが大っ嫌いです。
ちなみにボクが大好きなルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインなんかも評価がめっちゃくちゃ割れる哲学者で、その手の大家の学者が「ヴィトゲンシュタインは哲学者の素人である」と普通に書いてたりするし、そういう先生に教わった学生さんはヴィトゲンシュタインは学問としてめちゃくちゃで読む価値がないとか普通に言ってたりします。
100年前の哲学者の評価だってめっちゃブレるし、なんならもっと長いスパンですら評価はブレる。
あと例えばボクの世代なんかだとギリギリ読まれていた『論語』なんて、長らく東洋の世界においては学問の中心だったけど、今だと一般教養にも入らないぐらいマイナーな書籍になっていると思う。
『論語』を通読したことある若者って、いまや『純粋理性批判』を通読した人よりも少ないと思う。
『論語』研究はかなり奥が深いし、いろいろなことが分かるんだよとは言いたい。
まぁ、『純粋理性批判』は永遠に考え続けられるぐらいの名著中の名著なのはたしかだけどさ。
SCA自(すかぢ) retweeted
一時期は「みんな読んでる教養書」みたいな位置づけだった『銃・病原菌・鉄』が「読まなくていい悪書」くらいの言われようになっているのは隔世の感。やっぱ偉い人たちが「お勧めの本」を聞かれて古典を答えるのは賢明な対応なんやね。時間が経たないと本の評価が定まらない。
『銃•病原菌•鉄』でおなじみのジャレド•ダイヤモンドによる近著が面白い。国や会社のリーダーの個人的資質が組織に与える影響はどれだけあるのか、がテーマ。「他の人がやっても同じ結果だったのでは?」に対する答えでもあります。
たとえば経済成長にプラスの影響を与えた世界の政治リーダーを研究した結果では、トップ5のうち池田勇人首相などの日本人が3人もランクインしているのが意外です。逆にワースト5には小泉首相がランクイン。これは在任中の単純な経済成長率を測っているのではなく、他の人でも同じ結果になり得たかを差し引いて検証しており、この研究手法だと「小泉首相でなければもっと成長していた」ことを示唆しています。
著者曰く「日本の読者は小泉純一郎の名前があることを意外に思うかもしれない。小泉の在任中、日本経済のパフォーマンスは他国の羨むようなものだった。だが小泉にとって不運だったのは、さらに高成長を遂げた時期の首相であった池田勇人などと比較されたことだ」だそうで。
「国民に憎まれている軍事独裁者もベストランク入りしているが、これは経済成長への影響のみを測っており、尊敬に値するかは一切考慮していない」との注釈付き。
リーダーの影響力は裁量の大きさによるとされ、その意味で経済関係では米大統領の権限は意外に弱く(逆に日本の首相は強く)、軍事関連では米大統領の権限は強い(逆に戦前の日本の首相は弱い)などの点で納得ではあります。
成果はリーダーの椅子が決めているのか個人の能力が寄与しているのかというテーマでもあり、然るに椅子理論の視座で読んでも面白いですね。
link.amazon/B0axOA9uz
































