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当時付き合ってた彼女にどうやってプロポーズするか悩んでた時がある。結婚を前提に同棲してたけど、ちゃんとしたプロポーズはしてなかった。ベタにフレンチのお店で記念日に指輪を渡すくらいしか思いつかなくて、でも指輪のサイズも好みも自信なくて悩んでた。
そんな時に2人で行ったディズニーシー
ご質問ありがとうございます。
正直、その男性についてこれっぽっちも興味をもてません。
自分の弱さを武器に振りかざし、自分が傷つく事には人一倍敏感なくせに周りの人を傷つける事には人一倍鈍感で、都合の良いものしか見ようとせず、ワガママで、傲慢で、自分の事しか考えないような、そういう人間はどこにでもいます。
別に質問者様がその男性との関係を断ち切ったとしても、第二第三の男性が現れます。
男女問わず、こういう人間はいます。
正確には、人間誰しもが内にそういう卑劣で醜く、弱い部分をもっていると思っています。
もちろん僕の中にも、質問者様の中にもあります。
多くの人はその弱さを表にださないだけで、心の内にしまってあると思うのです。
だから、そうやって恥ずかしげもなく弱さを振りまく人間を見ると、ある人は腹が立ち、ある人は見下したり笑い者にしたりします。
質問者様の庇護欲も、そのうちの一つな気がするのです。
最初は単なる同情であり、心配だったのかもしれません。
しかしいつの間にか、男性を助ける事が、質問者様にとって自分自身の弱さを救う事になっていったのではないでしょうか。
率直に言えば、質問者様が男性を利用して「自分がいなくてはこの人はダメだ」という自分の存在価値を見いだしていたように見えてしまいます。
人間、生きていれば自分だけが悪いわけではない事で思い悩む事も苦しむ事もたくさんあります。
学生でも社会人でも、それは変わりません。
極端な話、正直僕は同じ男として、泣くなら一人で泣け、と思います。
そして一人で立ち上がり、一人で戦う事は、男として必要な試練だとさえ思っています。
その機会を奪う事は、ある意味一番の堕落であり、甘やかしです。
質問者様のおっしゃる通り、男性の好きにすればよいのです。
男性の人生の責任は男性自身がとります。
いつまでも甘ったれている責任は男性が勝手に払います。
質問者様は質問者様の人生を生きてください。
誰かの人生に携わって報われる事を期待しないでください。
自分の為に、男性を助けたのなら、見返りを求めずそれで良しとしてください。
質問者様はやれる事をやりました。
あとは彼女でも親でも、誰かが面倒を見ます。
その結果周りが離れていこうがいきまいが、それは質問者様には関係ないのです。
相手を軸に自分を測らないでほしいのです。
自分を軸に、相手を測ってください。
その上で、相手を労り、手を差し伸べてください。
無責任で当たり前です。
背負わなくて当然です。
自分の人生の責任は自分しかとれないのに、なぜ他人の人生の責任まで背負おうとなさっているのでしょう。
それは夫婦や親子でのみ成立する関係です。
男性が今後どうなるかなんて、まったく興味ありません。
質問者様が今後どうしたいのかが重要なのです。
それこそ、今後も男性を助ける自分という理想に依存し、文句を言いながら与える側であるという優越感に浸っているのも、それが質問者様が今の自分には必要だと、自分で選択するのなら、それはそれで良いのです。
そんなつまらない男の為に、質問者様が立ち止まるような事にならないでください。
関係を切って後味が悪くなったとしてと、その原因は質問者様自身の力不足や過ちではありません。
単に相手が質問者様の優しさや弱さを利用し、変わる事や自身と向き合う事を放棄し続けてきた結果でしかありません。
その場に留まり続ければ、質問者様は今よりもっと傷ついていきます。
新しい事に目を向け、この苦々しい経験を、反省するべきところは反省し、忘れられる事は忘れてほしいと思っています。
どうか質問者様が、自らの人生を歩むために、力強く一歩を踏み出してほしいと願っております。
長くなりましたが、以上を質問への回答とさせていただきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
#mond_chapikof
ご質問ありがとうございます。
読みながらとても辛く苦しい気持ちになりました。
質問者様が、ご自身のやりきれない想いや気持ちをなんとか落とし込み、消化なさろうとし、様々な事を考えてこられた事が伝わってきます。
それこそ、夫となる彼氏さんが、負い目から質問者様をお姫様扱いしたとしても、それは単に「楽」なだけであり、「楽しい」とはなりません。
心の奥底が満たされるわけでも、それがずっと続くわけでもありません。
質問者様自身がそれを一番よくわかっていて、それでもそれを『希望』とすることでしか彼氏さんと向き合えなくなっていらっしゃるのだと思っています。
罰を与え、謝罪を受け入れて、表面的に丸く収め、形から関係を直すことで自身の心の傷をあとから治そうとなさっているようにも見えます。
7年の月日と半年の過ちを天秤にかけ、7年を無に返す決断は中々できないと思います。
僕自身、もし同じ状況で妻の浮気が発覚したとしたら、同じように乗り越えられぬまま、関係を切る事もできないと思います。
もしかしたら、ずっと乗り越えられないかもしれません。
常に、なにがあっても「でも裏切った」という大きな楔が彼氏さんへの気持ちに深々と突き刺さり、質問者様を苦しめ続けます。
忘れられるわけがありません。
繰り返しになりますが、それを一番よく理解されているのは質問者様ご自身のはずです。
だからこそ、入籍するという決断をくだしたことは、とても覚悟のいる決断だったと思うのです。
許すことを美談とするつもりもなく、そもそも許すつもりもなく、その事実を事実として突きつけたまま、一番辛く、苦しい道を選ばれたと思っています。
浮気は100%彼氏さんが悪いです。
その手前にどんな感情があっても、気の迷いでも、それでも一線を越えたのは彼氏さん自身です。
それを大前提としながら、この罪を彼氏さんだけに背負わせてはいけないと思っています。
矛盾している事は百も承知です。
何度でも言いますが質問者様は悪くありません。
でもその立場の違いをそのままにしていれば、ずっと質問者様と夫となる彼氏さんの間が埋まる事はないと思います。
関係を続ける続けない、結婚すしないの選択権は質問者様にあります。
そしてその選択を「結婚する」とした以上、相手の問題は自分の問題として向き合わなくてはいけないと思うのです。
もちろんそれは彼氏さんも同じです。
失った質問者様からの信用を取り戻し、信頼を勝ち得なくてはいけません。
過去の自分の過ちと向き合うのは当たり前ですが、その上で質問者様の傷や苦しみに寄り添わなくてはいけません。
彼氏さんがどう寄り添っても、質問者様からしたら「どの口が言うんだ」「そもそもお前が」となるかもしれません。
それでも夫婦として、同じ方向を同じ立場から向くためには、どんなに罵られても、妻に寄り添い向き合わなくてはいけないのです。
これは自分の犯した罪への罰とは別の、夫婦としてのあり方の話です。
彼氏さんが質問者様と向き合い寄り添うその姿勢に、質問者様もまた向き合い寄り添ってほしいのです。
きっとお姫様扱いをずっとされても、質問者様の心が満たされる事も彼氏さんとの溝が埋まる事もありません。
ならば不本意なのは百も承知で、質問者様から手を差し伸べる必要があると思うのです。
そのきっかけが浮気という裏切り行為だったとしても、彼氏さんもまた辛く苦しい時期である事に変わりはありません。
その辛く苦しい時期に寄り添えるのは、皮肉ですが質問者様しかいないのです。
『加害者の彼氏』と『被害者の私』という個人間の問題のままでは、彼氏さんが質問者様になにをしても、きっと質問者様の気持ちが落ち着くことはありません。
『夫婦』として、2人の問題にする事で、彼氏さんと一緒に、ご自身の不安定になる気持ちや許せない気持ちに向き合ってほしいのです。
男はプライドをとても大切にします。
今は質問者様への贖罪の気持ちが大きくても、抑圧され続けたプライドはいずれ限界がきます。
許す必要はありません。
恨み続けてもいいのです。
でもその黒く渦巻く感情も、質問者様個人のものとせず、夫婦のものとして、2人で向き合っていくのです。
言うは易しだと思います。
2人にとっての茨の道かもしれません。
でも1人で楽な道を選ばなかったのは質問者様で、それを逃げずに受けとめたのは彼氏さんです。
ならばどんなに彼氏さんが悪くても、彼氏さんの苦しみにも向き合い、手を差し伸べ、その上で自分の苦しみを共に救ってほしいと、僕は考えます。
個人ではなく夫婦として、お二人が歩む道のりが幸せへと繋がる事を心より願っています。
長くなりましたが、以上を質問への回答とさせていただきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
#mond_chapikof
ご質問ありがとうございます。
別にダサくはありません。
僕は色んな女性と交際した経験も女性経験もほとんどありません。
でもそれを理由に自分をダサいと思った事は一度もありません。
僕の価値観では、1人の女性を愛し続ける事が最もカッコいい大人の男性像です。
妻を裏切ったり傷つけたり悲しませる事こそが僕にとっての「ダサい」です。
もし、仮に世間的な風潮として質問者様の言うように女性を知らない事が「ダサい」だったとしても、妻がこの僕を認めてくれて愛してくれるのであれば、別にダサくて良いのです。
それが僕の思う「カッコいい」なのです。
質問者様が結婚し、その人を生涯愛するつもりなら、ほかの女性との交際経験など必要ありません。
妻は女性ですが、『女性』は妻ではないからです。
いくら他の女性を知り、経験を積んだとしても、それが何だというのでしょう。
女性の扱いに慣れている事が恋愛に役立つのなんて、極めて限定的だと思うのです。
1人の人との関係性を深掘りし、唯一無二の関係になるには、多くの女性のサンプルなど必要なく、ただ1人の、目の前の女性と向き合わなくてはいけません。
相手が理解できなかったり、意見の相違があった時、「他の女性は…」などと言って解決するわけがありません。
恋愛において「広く浅く」はほとんど意味をなさないと思っています。
理想論ではありますが、その労力をたった一人に費やし、「狭く深く」その人だけを見つめ続ける事が、僕の思う一番の「素敵な恋愛」です。
質問者様にとって、他の誰かから見た「ダサさ」はどれくらい重要なのでしょうか。
例えば僕が「ダサいです」と言えば、質問者様は結婚をやめるのでしょうか。
僕も男ですから、質問者様の気持ちがわからないわけでもありません。
色んな女性と行為をしてみたい、という本当的な感覚自体は理解できるつもりです。
でも僕にとって、理性や自分の信念、妻への愛情を裏切って、その本能的な感覚に従う事こそが「ダサい」のです。
その感覚は人によって違います。
だから極端な話、多くの女性と行為する自分を誇りに思い、信念をもってその生き方を貫くなら、それはそれでいいのです。
後ろ指さされたとしても、それを覚悟できた上で自分を貫くなら、それもまた「カッコいい」と思っています。
逆に僕のような男は、一部の男性からは笑われたり下に見られたりするかもしれません。
それこそ「ダサい」のかもしれません。
でもそれが何だと言うのでしょう。
本当にダサいのは、周りの言葉に振り回されて自分の軸も信念もなく、フラフラと立場を変えてしまう事だと思うのです。
意見を聞くのも、時には自分の間違いを認める事も必要です。
それもまた、自分の軸がなくてはできないことだと思っています。
もう一度、ご自身でよく考えて、何が大切なのか、何が自分にとってダサいのかを決めてほしいと思います。
この回答がその答えを得るためのヒントとなる事を願っております。
長くなりましたが、以上を質問への回答とさせていただきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
#mond_chapikof
ハロウィンの日、次女がベルの黄色いドレスを着て、ヘアセットして、子供用のアクセサリーで着飾り、特にイベントがあるわけではないけど近くの公園へ妻と2人でお散歩に行った。
帰ってきた妻が「聞いてよ、公園では別に誰も仮装してなかったけど、しばらく遊んでたら、ティンカーベルの格好をした知らない女の子がきて一緒に遊びだしたの。そしたら、その子のママさんが「家の窓から公園を見たらベルがいたからティンカーベルになってきました〜」って言ってくれて、2人でめちゃくちゃ遊んでたよ〜!」と教えてくれた。次女も最高に楽しかったみたい。かわいい。
こんにちは。
ご質問ありがとうございます。
妻とお付き合いしている時、食事代は基本的に僕がだしていました。
質問者様と彼氏さんと同じように、社会人と学生のカップルでした。
男性にとっての「奢る」という行為は、金銭的な余裕をアピールする行為だと考えています。
野生動物のオスがより大きな獲物をとってメスにアピールするようなものです。
人間にとっての獲物とはお金なのだと思います。
もちろん、そんな事を考えながら食事代をだしていたわけではありません。
ただ、「あの子にいい顔したい」とか「男が出すべき」とか、ありきたりな事の理由を深掘りすると、そういう本能的な価値観があるのかもしれないと思っています。
でも正直、あまり余裕があったわけではありません。
僕は料理人の世界にいて、新米だった事もあり、給料はお世辞にも高いとは言えませんでした。
家賃や光熱費を払い、税金を払い、毎月使えるお金はカツカツです。
それこそ、学業の傍らバイトに明け暮れる妻の方が、自由に使えるお金は多かったと思います。
僕自身、意地になっていた部分もたくさんあります。
それは愛情の問題というより、プライドの問題で、きっと妻は「キツイなら私も出す」と言ってくれますが、それを受け入れたくなかった結果、妻に余計な気を使わせた部分もあったと思います。
男性は女性が思っている以上に、プライドや面子を気にします。
この質問を読んで、彼氏さんの気持ちが少しわかる気がしました。
まあ、さすがに「ジャンケン」はダサすぎるとは思います。
金銭的余裕がないという自身の弱点を、ジャンケンという遊びで誤魔化そうとして、結局めちゃくちゃ情けない言動となり、挙句の果てに彼女からの愛情さえ疑われてしまっています。
本末転倒どころの話ではありません。
でも、実際には彼氏さんは質問者様の元へ毎月会いに来ているのです。
交通費だけでも決して安い金額ではありません。
お金を気にするなら、そもそも毎月会わなければ余裕も生まれる事でしょう。
それでも会いたくて、デートがしたいのです。
なんとかその中で、自分のお財布事情を悟られることなく、無い袖を振るために「ジャンケン」などという世迷言を言い出したのではないかと僕は考えます。
男性にとって「奢る」という行為は確かに女性へのアピールではあります。
扱いが雑になっていってしまう事に不安になる気持ちもわかるつもりです。
でも質問者様もまた、彼氏さんが奢ってくれるから好きになったわけではないはずです。
もしかしたら彼氏さんは「奢ることができない自分を男として見てもらえないのでは」などと思っているかもしれません。
お二人はもうお付き合いする前の他人ではないのです。
お互いが無理なく付き合えて、お互いが相手に気を使いすぎない距離感を見つけていかなくてはいけません。
男はプライドを大切にします。
質問者様が割り勘で良くても、彼氏さんは良くないかもしれません。
例えば交通費を半分負担したり、半々の割り勘ではなく3割ほど出したり、彼氏さんの自尊心を傷つけず、質問者様が負い目を感じないくらいの落としどころを見つけるのです。
その自尊心は、質問者様の感謝だけでも大きく満たされます。
なにがお二人にとって正しく、どれくらいが丁度よいのかは、お二人にしかわかりません。
水面下で微調整を繰り返したり、思いっきり失敗してケンカになったりすると思います。
でもその積み重ねが、お二人にとって大切な財産になるはずです。
この回答が質問者様にとって少しでも、悩みを解決する為のヒントとなる事を願っております、
長くなりましたが、以上を質問への回答とさせていただきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
#mond_chapikof
ご質問ありがとうございます。
当たり前です。
幸せになれます。
僕には自分が『変わった』と思えた瞬間があります。
昔の僕はずっと、ダメで情けない甘ったれた自分が心底嫌いでした。
自分がこんな人間である事を人のせいにして呪って、変わる努力よりも目先の楽を選ぶくせに、言い訳だけは立派な、薄っぺらい自分の事が大嫌いでした。
僕にとっての転機は23,4歳の頃でした。
当時働いていたレストランの厨房で、とてつもなく厳しいシェフに、身も心も文字通りボコボコにされたのです。
本当にひどい有様でした。
でもある日、怒られ蹴られ怒鳴られて、もう心が折れそうになった時、僕はシェフに「こんな自分が今さら変われるのでしょうか」と聞いたのです。
「無理だ」と言われればすべてを諦めようと思っていました。
しかし、シェフは力強く「当たり前やろ」と答えました。
その「当たり前やろ」という言葉は、今でも僕の心の一番大切な場所に置かれています。
変われるんだ、変わってもいいんだ、ならば変わりたい、と強く思いました。
どんなに自分のダメさに打ちのめされそうになっても、「当たり前やろ」という言葉を思い出すたびに勇気が湧いてきました。
僕がそういう言葉に出会えた事は幸運だったのかもしれません。
もちろん暴力云々は良くないものですし、殴られたから良かったとも思ってはいません。
そういう事は置いておいて、とにかく僕にとって、「当たり前やろ」という言葉は心の浮き輪となってくれたのです。
僕は水商売について肯定も否定も致しません。
質問者様が必要とし、質問者様が必要とされる場所がたまたまそこだったのだと思っています。
僕の日々の投稿が、そんな質問者様にとって理想や希望と感じていただけるのもまた、質問者様にとって必要だからだと思うのです。
僕は質問者様の事をこの質問文からしかわかりません。
でも逆に、文章だからわかることがあります。
文面は読みやすく、構成もわかりやすい、伝えたい事がハッキリとわかり、優しさと誠意をもって書いていただいている事が伝わってきます。
最初の「当たり前です」という言葉は、根拠なく勢いで書いたわけではありません。
この質問を読み、浮かんできた質問者様の人物像や伝わってきた気持ちを想い、そう書かせていただきました。
この先、大変な事も多くあると思います。
むしろ今よりも苦しく、辛い事が待ち受けているかもしれません。
その度に逃げたくなるかもしれません。
もういいやと諦めてしまいたくなります。
それでも質問者様が折れずに立ち上がる為に、この回答が少しでも質問者様にとっての心の浮き輪となってくれる事を願っております。
長くなりましたが、以上を質問への回答とさせていただきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
#mond_chapikof








