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\\文学フリマ東京43📙出展します//
2年前に出産して子育てをしていくなかで「書くこと」にのめり込んでいった日々をZINEにまとめました。
私にとって、書くことに迷ったときのお守りになるような本です。
📖Webカタログ:c.bunfree.net/c/tokyo43/1F/A…
#文学フリマ東京43
文学フリマ東京43まであと7日!
🕙11/8(日) 12:00〜17:00
👥合計3752出店!
🏢東京ビッグサイト 南1-4ホール
📚開催詳細 bunfree.net/event/tokyo43/
#文学フリマ東京43
撤収しました!お越しいただきありがとうございました🙇♀️
「note読んでます」と言ってくださった方が多く、とても嬉しかったです。これからも書き続けます!
\\文学フリマ東京43📙出展します//
2年前に出産して子育てをしていくなかで「書くこと」にのめり込んでいった日々をZINEにまとめました。
私にとって、書くことに迷ったときのお守りになるような本です。
📖Webカタログ:c.bunfree.net/c/tokyo43/1F/A…
#文学フリマ東京43
三浦 えり|11/8文フリ東京43【A-19】 retweeted
#文学フリマ東京43 今日です!
南ホール1・2【A-19】でお待ちしてます👋
Webカタログ:
c.bunfree.net/c/tokyo43/6349…
最後にnoteを一本。
お守りのような本を創りたかった
note.com/eripope/n/ncf3af228…
三浦 えり|11/8文フリ東京43【A-19】 retweeted
エッセイ・随筆ジャンルとは別の【南1・2ホール】におりますが、エッセイ本を出しております!
ぜひ遊びに来てください🙇♀️ #文学フリマ東京43
三浦 えり|11/8文フリ東京43【A-19】 retweeted
創作大賞の中間選考に残ったエッセイを種にZINEを作りました✏️
明日の文学フリマ東京、お待ちしてます!
【南1-2ホール ブース: A-19】
c.bunfree.net/c/tokyo43/6349…
note創作大賞、中間選考に残ったけれど。 #創作大賞2026
note.com/eripope/n/ne660888d…
三浦 えり|11/8文フリ東京43【A-19】 retweeted
📢🖐🏻^o^<文フリ初参加のとき知りたかった情報まとめツリー
【基本編】
📍東京ビッグサイト
▶︎maps.app.goo.gl/t66KUtW8oW6s…
🗓️11/8(日) 12:00~17:00 ※最終入場16:55)
🎫入場チケットが必要です
(※前売1,000円の販売は今日23:59まで)
▶︎ bunfree.net/event/tokyo43/to…
ツリー⤵︎
#文学フリマ東京43 今日です!
南ホール1・2【A-19】でお待ちしてます👋
Webカタログ:
c.bunfree.net/c/tokyo43/6349…
最後にnoteを一本。
お守りのような本を創りたかった
note.com/eripope/n/ncf3af228…
三浦 えり|11/8文フリ東京43【A-19】 retweeted
A-17.18「パーソナル編集者」ブースは、南1-2ホールの端っこにありまして、はるばるお越しいただく方のために『本物のガチャガチャ』を用意しました。100円入れると「noteのお題が書かれた紙」とステッカーが入ったカプセルが出てきます。ぜひ回しにきてください!
#文学フリマ東京43
パーソナル編集者として、11/8文フリ東京に出展します!なんと600冊売れた既刊に加え、書きたくなるZINEの新刊も間に合いました〜〜!
南1-2ホールの端っこにポツンと居ますので、はるばる会いに来てくれたら歓待いたします☺️
#文学フリマ東京43
三浦 えり|11/8文フリ東京43【A-19】 retweeted
赤ちゃんとペン、ときどき夫。
出産からちょうど1ヶ月たった日、私は初めて娘と離れた。一人で家を出て散歩をしながら、行きつけのスーパーマーケットやドラッグストアに久しぶりに足を踏み入れる。公園のベンチで一息ついて顔を上げたときに、夏の真っ青な空が温かい橙にじわぁっと変化していく夕暮れが目に映った。
「綺麗」と思った瞬間、慌ててズボンのポケットからスマホを取り出した。ふわふわと浮かび上がる泡のように、ちょっとでも揺らぐと割れて消え去ってしまうような、そんな私のなかの言葉たちをできるだけ取りこぼさないように、指で打ち込んでいった。
今日は退院してからちょうど1ヶ月。はじめて娘と離れて一人で家を出た。空に広がった夕焼けが私の目から心にすうぅっと染み込んできた。
一瞬だけ出産前の私に戻った。同時に、はて?母である私と出産前の私、こんなにも変わってしまったのか。だけれど、まだ私は母になれていないような気もした。ガラッと変わるのではない。目の前にある夕焼けのグラデーションのように、娘が大きくなるように、ゆっくりとじわじわと私も母になっていくのかな。私はどんな母親になるんだろう。
薬局に寄ったら、出産前に並んでいた日焼け止めコーナーがいつのまにか保湿クリームコーナーに変わっていた。季節の変化を感じる。
この1ヶ月、とにかく家族3人よく生き抜いてきた。
「綺麗」という2文字の中に、こんなにも私の想いは詰まっている。今の私にしか感じることができない、私だけの言葉だ。私の中にある感情は「楽しい」「悲しい」「怒る」なんて一言では片付けられない。疎かにはしたくない。心を覗き込んで、もっともっと文字にしていきたい。言葉にしたい。「書くこと」は私の娘が与えてくれたギフトだから、ずっとずっと続けていきたい。
けれども、私の人生ずっと三日坊主だった。
とてつもない馬力のエンジンがぶおおぉんと鳴り響き、燃え上がるような勢いで始めるものの、風船の空気が緩んだときのように、あっという間にしゅるるる…と萎んでいく。私のやる気とはそんなもんだ。情けない。
日々のラジオ体操も続かない。もちろんジムも続かない。英語の勉強も続かない。500円玉貯金も続かない。もちろん「人類三大続かないこと」の一つである日記だって続かない。「今年こそは!」と手にするほぼ日手帳は2月以降は真っ白なまま年末を迎える。「スマホのアプリなら気軽に書けるかも!」と日々の記録が書けるアプリをインストールしても、いつのまにかアプリの下には雲のマークがついて自動的にアンインストールされている。
平安時代に筆を持ち、徒然なる日々を書いた人たちの中にも「なんか続かない…」と筆をポイっと投げてしまった人物がいることを願うばかり。
そんな私が娘を出産してから書いて書いて書きまくっている。夜泣きで眠くても、育児と仕事の両立で忙しくても、メンタルが落ちて夫に苛立ちをぶつけていても(ごめんね)。
スマホの赤ちゃん記録用のアプリに、何時にミルクを飲んだのか、うんちが出た時間、何時間寝たのか、赤ちゃんの1日の様子を24時間体制で事細かくメモをする。日々の中で嬉しかったことや大変だったことをnoteに書いて発信したり、少しでも娘の成長を感じたら紙のノートにメモをしている。
娘の寝かしつけで一緒に寝落ちしそうになってもハッと思い出して書く。料理を作っているちょっとした待ち時間にサササッと書く。手が空いていないときは、脳内で下書きを綴っている。娘がこの世の生き物としてはあまりに儚くて、記録を残していくことで彼女が生きている証となるように、ひたすらに書き残していった。
娘の隣で彼女の様子を書き続けていると、ちょっとずつ、少しずつ、我が子の個性にチラッと触れる機会が増えてきた。
娘の泣き声は「へむぅうう〜」と泣くこと。ミルクを飲んだ後のゲップが得意なこと。「おなら」ばかりぷっぷーとしていること。お昼寝はまったくしない、でも夜は爆睡。寝ながら頭を左右に振るので後頭部が思いっきりハゲてしまっいる。小さな身体から桃とミルクが混じった爽やかで甘い香りがすること。
生後1ヶ月くらいで、助産師さんの前で初めてうつ伏せ遊びをさせたとき、力いっぱい手を床に押し付け、ぐいっと頭を上げて、その場にいた大人たちを驚かせた。その後も他の助産師さんから「ご両親はスポーツ選手ですか?」と聞かれるくらいの運動能力を披露し、本当に私たちの子か!?と唖然としたことがあった。ちなみに私たち夫婦は生粋の運動音痴の帰宅部だ。
赤ちゃんは寝て泣くのが仕事。そう思っていた。けれど、娘の記録を残せば残すほど、育児書には載っていない彼女だけの秘密を知ることができた。育児の忙しさのなかで頭の中を通り過ぎてしまう些細なことも、書くことで娘の個性として触れることができた。私の身体から出てきた生命体なのに未知なことばかりで、SNSで情報を追う以上のドーパミンが放出されて、彼女の「可愛い」を求めていった。
私たち夫婦は地方出身ながら東京・港区で2人で子育てをしている。言うならば港区女子を育てているのだ。田舎育ちの私たちにとって、東京での子育ては試行錯誤の日々だが、今のところ娘は煌びやかでラグジュアリーな雰囲気は漂わせていない。保育園でも砂場でスコップとシャベルを両手に持ち仁王立ちして、他の保護者さんたちから「砂場の女王」のような呼ばれ方をされ、母親である私が狼狽えるくらいに勇ましさがある。
私たちの心を鷲掴みにする娘の日々の言動。きっと赤ちゃんである娘は物心がついた頃には忘れているはず。毎日、顔を合わせて笑ったり泣いたり感情を共有し合っているのに数年後には覚えていないと思うと、胸のあたりがキュッと締め付けられる。娘が忘れてしまう。だから私は書かずにはいられなかった。
現在1歳9ヶ月の娘はできることが増えて人間らしさを感じる瞬間が増えている。ミルクの残り香はもう感じない。おしゃぶりも卒業した。夜泣きもほぼなくなった。一方で、保育園で覚えてきた歌やダンスを披露したり、クラスのお友達の名前を言うようになった。保育士さんの言葉に相槌を打ち、少しずつ会話をしている。家の中で守られてきた存在が、外の社会にどんどん足を踏み入れていく。赤ちゃんの欠片がぽろぽろとこぼれ始め、娘の身体の奥底にじんわりと沈み込んでいくようだ。その欠片を私はもう一生見ることはできないのだ。
新鮮なこと、挑戦の日々が怒涛のように繰り広げられていて、油断するとすぐに記憶が薄れてしまう。大人の一年なんて、さほど変化はないのに、生まれた赤ちゃんは日々どんどん成長していく。赤ちゃんのこと、家族の日常のこと、書けるネタは尽きない。見失わないように、忘れてしまわないように、手を動かして隙あらば書き留めている。
ただ、娘のことを書き始めた頃、記録を読み返すたびに何か物足りなさを感じていた。娘の成長を通して私はどう感じていたのかが、輪郭をなぞってもぼんやりとする感覚。もっと私の心が動いていたはずなのに。私が書いた記録を通して、私と娘とそして夫が心の深い部分で繋がった瞬間に触れたいと感じていた。
そんなときに出会ったのが、写真家の川内倫子さんが出産や子育てについて書いた本「そんなふう」だった。彼女の文章には「嬉しい」や「楽しい」という感情の言葉の殻を破って集められた言葉が溢れていた。他人の家族の話しなのに、ありありと情景が浮かぶ。子育てに不安を感じた瞬間に読むと、強張った身体がゆるくなり、緊張感が解ける。私の娘と重ね合わせて、懐かしさであったり、微笑ましい瞬間を追体験する。会ったこともないけれど、本を読んでいる間は、なんだか川内さんの側にいるような感覚だった。
私と娘(ときどき夫)の日々を書いた記録も同じように、私の心に浮かび上がる気配を明確に言葉にしていきたくなった。どこに心が動いたのか、なぜ感情が湧いたのか、表情や仕草はどんな様子だったのか。心と言葉が繋がるように、私の感情に当てはまる言葉を探して書いていくようになった。
そんなことをしていると、娘との日々の他に、私自身のことも書けるようになっていった。興味のある暮らしのこと、これからの人生について、趣味の旅やアート、野球、お茶について。今の自分を書き残していくことで、自分では気づかない個性や興味を発見できた。また、思いがけず人と繋がることもできた。書くことで私の世界がどんどん広がっていく。もっともっと遠くまで歩くきたくて、自然と手が動き文章を綴っていった。
また、これまでに書けなかった過去の出来事もじっくりと当時の自分と向き合い、少しずつ書き残している。まるで猫と過ごすかのように、自分の人生を観察して穏やかな気持ちで優しく撫でる。これまで過去を振り返ることができず、ずっとフォルムのないぼんやりとした人生を過ごしていたけれど、書くことでこの世界に生きている私がよりくっきりと鮮明になった。私は「私」を見つけ出すことができたのだ。生きているから書く。書くことは私が生きるために手放せなくなっていた。
しばらくすると知人から「最近、エッセイをよく書いているよね」と声を掛けられた。驚きとともに、頭の奥底でパチンと何かが切り替わるような音がした。そうか、娘との日々や私の人生を記録していたつもりだったけれど、私の心のシャッターが切り取った「創作」だったのか。私が今、表現したいものは、エッセイなのかもしれないと気づいた瞬間だった。
どんな言葉を使えば自分の気持ちを描写できるのか、読者に伝わるのか。私がまだ知らない表現を求めて、たくさんのエッセイや文章の書き方の本を読んだ。自分らしい視点、自分らしい表現、自分だけの感情を書きたくて、私は「書くこと」にどんどんのめり込んでいった。
思えば、私は娘との日々を残すために書いていたはずが、書くことが私自身の生きる営みになっていた。書けば書くほど、私の人生を確かに生きている証が手にじんわりと温かく残っていく。三日坊主だった私がこれほどまでに没頭できるものに出会えたのは、誰のためでもない、私自身の心が書くことを切実に求めていたからなのだろう。
そんな「エッセイを書くこと」は、娘が私にくれたとっておきのギフトだ。
娘と夫との日々はこれからも続く。目尻が垂れて笑い合う瞬間だけではない。ときにはぶつかったり、傷ついたりするはず。言葉は水のようだ。手で掬っても、すぐにこぼれ落ちてしまう。身近にあったはずなのに、川に流れて海になったり、熱で蒸気になったり、この世界のどこかにあるけれど、遠い場所に消えてしまう。だから、文字にして文章にして残したい。私はペンを持って綴りたい。
そして、娘との日々を一冊の本にまとめたい。いつか娘が大きくなったらその一冊を一緒に読もう。写真が添えられたアルバムを見返すように、文章で赤ちゃんの日々を振りかえりたい。娘にもらった書き続けるというギフトのお返しを娘に贈るように。だからこれからも私は言葉を追い求めて残していきたい。書き続けていく。
note.com/eripope/n/ne660888d…
#創作大賞2026 #文学フリマ東京43
担当受講者さんの楠木まるさんからコメントいただきました💐
コメントから溢れるバケモノ感👹💭ほんとうに日々こんな感じのやりとりをしていたので、とって楽しくて刺激的な日々でした。(現在進行形です)
note.com/personal_editor/n/n…
三浦 えり|11/8文フリ東京43【A-19】 retweeted
今年もすごい戦いだったので、みなさん本当にすごいです。コメントが身に沁みます。
パーソナル編集者の受講者が「創作大賞2026」で入賞しました|パーソナル編集者
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赤ちゃんとペン、ときどき夫。
出産からちょうど1ヶ月たった日、私は初めて娘と離れた。一人で家を出て散歩をしながら、行きつけのスーパーマーケットやドラッグストアに久しぶりに足を踏み入れる。公園のベンチで一息ついて顔を上げたときに、夏の真っ青な空が温かい橙にじわぁっと変化していく夕暮れが目に映った。
「綺麗」と思った瞬間、慌ててズボンのポケットからスマホを取り出した。ふわふわと浮かび上がる泡のように、ちょっとでも揺らぐと割れて消え去ってしまうような、そんな私のなかの言葉たちをできるだけ取りこぼさないように、指で打ち込んでいった。
今日は退院してからちょうど1ヶ月。はじめて娘と離れて一人で家を出た。空に広がった夕焼けが私の目から心にすうぅっと染み込んできた。
一瞬だけ出産前の私に戻った。同時に、はて?母である私と出産前の私、こんなにも変わってしまったのか。だけれど、まだ私は母になれていないような気もした。ガラッと変わるのではない。目の前にある夕焼けのグラデーションのように、娘が大きくなるように、ゆっくりとじわじわと私も母になっていくのかな。私はどんな母親になるんだろう。
薬局に寄ったら、出産前に並んでいた日焼け止めコーナーがいつのまにか保湿クリームコーナーに変わっていた。季節の変化を感じる。
この1ヶ月、とにかく家族3人よく生き抜いてきた。
「綺麗」という2文字の中に、こんなにも私の想いは詰まっている。今の私にしか感じることができない、私だけの言葉だ。私の中にある感情は「楽しい」「悲しい」「怒る」なんて一言では片付けられない。疎かにはしたくない。心を覗き込んで、もっともっと文字にしていきたい。言葉にしたい。「書くこと」は私の娘が与えてくれたギフトだから、ずっとずっと続けていきたい。
けれども、私の人生ずっと三日坊主だった。
とてつもない馬力のエンジンがぶおおぉんと鳴り響き、燃え上がるような勢いで始めるものの、風船の空気が緩んだときのように、あっという間にしゅるるる…と萎んでいく。私のやる気とはそんなもんだ。情けない。
日々のラジオ体操も続かない。もちろんジムも続かない。英語の勉強も続かない。500円玉貯金も続かない。もちろん「人類三大続かないこと」の一つである日記だって続かない。「今年こそは!」と手にするほぼ日手帳は2月以降は真っ白なまま年末を迎える。「スマホのアプリなら気軽に書けるかも!」と日々の記録が書けるアプリをインストールしても、いつのまにかアプリの下には雲のマークがついて自動的にアンインストールされている。
平安時代に筆を持ち、徒然なる日々を書いた人たちの中にも「なんか続かない…」と筆をポイっと投げてしまった人物がいることを願うばかり。
そんな私が娘を出産してから書いて書いて書きまくっている。夜泣きで眠くても、育児と仕事の両立で忙しくても、メンタルが落ちて夫に苛立ちをぶつけていても(ごめんね)。
スマホの赤ちゃん記録用のアプリに、何時にミルクを飲んだのか、うんちが出た時間、何時間寝たのか、赤ちゃんの1日の様子を24時間体制で事細かくメモをする。日々の中で嬉しかったことや大変だったことをnoteに書いて発信したり、少しでも娘の成長を感じたら紙のノートにメモをしている。
娘の寝かしつけで一緒に寝落ちしそうになってもハッと思い出して書く。料理を作っているちょっとした待ち時間にサササッと書く。手が空いていないときは、脳内で下書きを綴っている。娘がこの世の生き物としてはあまりに儚くて、記録を残していくことで彼女が生きている証となるように、ひたすらに書き残していった。
娘の隣で彼女の様子を書き続けていると、ちょっとずつ、少しずつ、我が子の個性にチラッと触れる機会が増えてきた。
娘の泣き声は「へむぅうう〜」と泣くこと。ミルクを飲んだ後のゲップが得意なこと。「おなら」ばかりぷっぷーとしていること。お昼寝はまったくしない、でも夜は爆睡。寝ながら頭を左右に振るので後頭部が思いっきりハゲてしまっいる。小さな身体から桃とミルクが混じった爽やかで甘い香りがすること。
生後1ヶ月くらいで、助産師さんの前で初めてうつ伏せ遊びをさせたとき、力いっぱい手を床に押し付け、ぐいっと頭を上げて、その場にいた大人たちを驚かせた。その後も他の助産師さんから「ご両親はスポーツ選手ですか?」と聞かれるくらいの運動能力を披露し、本当に私たちの子か!?と唖然としたことがあった。ちなみに私たち夫婦は生粋の運動音痴の帰宅部だ。
赤ちゃんは寝て泣くのが仕事。そう思っていた。けれど、娘の記録を残せば残すほど、育児書には載っていない彼女だけの秘密を知ることができた。育児の忙しさのなかで頭の中を通り過ぎてしまう些細なことも、書くことで娘の個性として触れることができた。私の身体から出てきた生命体なのに未知なことばかりで、SNSで情報を追う以上のドーパミンが放出されて、彼女の「可愛い」を求めていった。
私たち夫婦は地方出身ながら東京・港区で2人で子育てをしている。言うならば港区女子を育てているのだ。田舎育ちの私たちにとって、東京での子育ては試行錯誤の日々だが、今のところ娘は煌びやかでラグジュアリーな雰囲気は漂わせていない。保育園でも砂場でスコップとシャベルを両手に持ち仁王立ちして、他の保護者さんたちから「砂場の女王」のような呼ばれ方をされ、母親である私が狼狽えるくらいに勇ましさがある。
私たちの心を鷲掴みにする娘の日々の言動。きっと赤ちゃんである娘は物心がついた頃には忘れているはず。毎日、顔を合わせて笑ったり泣いたり感情を共有し合っているのに数年後には覚えていないと思うと、胸のあたりがキュッと締め付けられる。娘が忘れてしまう。だから私は書かずにはいられなかった。
現在1歳9ヶ月の娘はできることが増えて人間らしさを感じる瞬間が増えている。ミルクの残り香はもう感じない。おしゃぶりも卒業した。夜泣きもほぼなくなった。一方で、保育園で覚えてきた歌やダンスを披露したり、クラスのお友達の名前を言うようになった。保育士さんの言葉に相槌を打ち、少しずつ会話をしている。家の中で守られてきた存在が、外の社会にどんどん足を踏み入れていく。赤ちゃんの欠片がぽろぽろとこぼれ始め、娘の身体の奥底にじんわりと沈み込んでいくようだ。その欠片を私はもう一生見ることはできないのだ。
新鮮なこと、挑戦の日々が怒涛のように繰り広げられていて、油断するとすぐに記憶が薄れてしまう。大人の一年なんて、さほど変化はないのに、生まれた赤ちゃんは日々どんどん成長していく。赤ちゃんのこと、家族の日常のこと、書けるネタは尽きない。見失わないように、忘れてしまわないように、手を動かして隙あらば書き留めている。
ただ、娘のことを書き始めた頃、記録を読み返すたびに何か物足りなさを感じていた。娘の成長を通して私はどう感じていたのかが、輪郭をなぞってもぼんやりとする感覚。もっと私の心が動いていたはずなのに。私が書いた記録を通して、私と娘とそして夫が心の深い部分で繋がった瞬間に触れたいと感じていた。
そんなときに出会ったのが、写真家の川内倫子さんが出産や子育てについて書いた本「そんなふう」だった。彼女の文章には「嬉しい」や「楽しい」という感情の言葉の殻を破って集められた言葉が溢れていた。他人の家族の話しなのに、ありありと情景が浮かぶ。子育てに不安を感じた瞬間に読むと、強張った身体がゆるくなり、緊張感が解ける。私の娘と重ね合わせて、懐かしさであったり、微笑ましい瞬間を追体験する。会ったこともないけれど、本を読んでいる間は、なんだか川内さんの側にいるような感覚だった。
私と娘(ときどき夫)の日々を書いた記録も同じように、私の心に浮かび上がる気配を明確に言葉にしていきたくなった。どこに心が動いたのか、なぜ感情が湧いたのか、表情や仕草はどんな様子だったのか。心と言葉が繋がるように、私の感情に当てはまる言葉を探して書いていくようになった。
そんなことをしていると、娘との日々の他に、私自身のことも書けるようになっていった。興味のある暮らしのこと、これからの人生について、趣味の旅やアート、野球、お茶について。今の自分を書き残していくことで、自分では気づかない個性や興味を発見できた。また、思いがけず人と繋がることもできた。書くことで私の世界がどんどん広がっていく。もっともっと遠くまで歩くきたくて、自然と手が動き文章を綴っていった。
また、これまでに書けなかった過去の出来事もじっくりと当時の自分と向き合い、少しずつ書き残している。まるで猫と過ごすかのように、自分の人生を観察して穏やかな気持ちで優しく撫でる。これまで過去を振り返ることができず、ずっとフォルムのないぼんやりとした人生を過ごしていたけれど、書くことでこの世界に生きている私がよりくっきりと鮮明になった。私は「私」を見つけ出すことができたのだ。生きているから書く。書くことは私が生きるために手放せなくなっていた。
しばらくすると知人から「最近、エッセイをよく書いているよね」と声を掛けられた。驚きとともに、頭の奥底でパチンと何かが切り替わるような音がした。そうか、娘との日々や私の人生を記録していたつもりだったけれど、私の心のシャッターが切り取った「創作」だったのか。私が今、表現したいものは、エッセイなのかもしれないと気づいた瞬間だった。
どんな言葉を使えば自分の気持ちを描写できるのか、読者に伝わるのか。私がまだ知らない表現を求めて、たくさんのエッセイや文章の書き方の本を読んだ。自分らしい視点、自分らしい表現、自分だけの感情を書きたくて、私は「書くこと」にどんどんのめり込んでいった。
思えば、私は娘との日々を残すために書いていたはずが、書くことが私自身の生きる営みになっていた。書けば書くほど、私の人生を確かに生きている証が手にじんわりと温かく残っていく。三日坊主だった私がこれほどまでに没頭できるものに出会えたのは、誰のためでもない、私自身の心が書くことを切実に求めていたからなのだろう。
そんな「エッセイを書くこと」は、娘が私にくれたとっておきのギフトだ。
娘と夫との日々はこれからも続く。目尻が垂れて笑い合う瞬間だけではない。ときにはぶつかったり、傷ついたりするはず。言葉は水のようだ。手で掬っても、すぐにこぼれ落ちてしまう。身近にあったはずなのに、川に流れて海になったり、熱で蒸気になったり、この世界のどこかにあるけれど、遠い場所に消えてしまう。だから、文字にして文章にして残したい。私はペンを持って綴りたい。
そして、娘との日々を一冊の本にまとめたい。いつか娘が大きくなったらその一冊を一緒に読もう。写真が添えられたアルバムを見返すように、文章で赤ちゃんの日々を振りかえりたい。娘にもらった書き続けるというギフトのお返しを娘に贈るように。だからこれからも私は言葉を追い求めて残していきたい。書き続けていく。
note.com/eripope/n/ne660888d…
#創作大賞2026 #文学フリマ東京43
創作大賞の中間選考に残ったエッセイを種にZINEを作りました✏️
明日の文学フリマ東京、お待ちしてます!
【南1-2ホール ブース: A-19】
c.bunfree.net/c/tokyo43/6349…
note創作大賞、中間選考に残ったけれど。 #創作大賞2026
note.com/eripope/n/ne660888d…
エッセイ・随筆ジャンルとは別の【南1・2ホール】におりますが、エッセイ本を出しております!
ぜひ遊びに来てください🙇♀️ #文学フリマ東京43
書き続けたからこそ、この景色を見れるんだよなと本当に思う。
おめでとうございます💐
note創作大賞2026で入選しました!うれしくてありがたくて報告noteを書きながら泣き、みなさんのコメントを読んでまた泣きました。ありがとうございました!
【創作大賞2026年エッセイ部門入選】9年分のありがとう|楠木まる @7fvYAlLZEF33978 #創作大賞2026 note.com/fast_daphne7445/n/n…
人生の夏休みにパーソナル編集者として側にいれるのが嬉しい。
「セッション後では、自分の「書きたいこと」や、それに向かうモチベーションがぜんぜん変わっていて、目からウロコじゃなく、ココロのウロコが落ちた気分。」
週報|退職6日目。退職を決めてから今日までに、やったこと、感じたこと、心境の変化の記録。|水野うた @uta_mizuno note.com/mizunouta/n/n7402c9…
note創作大賞、中間選考に残ったけれど。 #創作大賞2026
note.com/eripope/n/ne660888d…
受賞された方、おめでとうございます!
私の大好きな人も入選しており嬉しい!
自分は受賞ならず、悔しい!
\\ 🎊#創作大賞2026 結果発表 🎊//
180,206作品から選ばれた74の受賞作品を発表します!
昨年の入選・受賞を経て、今年大賞に届いたクリエイターも。
今回もご応募ほんとうにありがとうございました。
ぜひ、参加メディアの選評とあわせてご覧ください!
▶︎note.com/info/n/naa61dd02e7e…

ALT 創作大賞2026 大賞・note賞の受賞作品一覧。ゴールドの背景に「大賞・note賞」の見出しと、賞名・部門・クリエイター名・作品名の表。 エッセイ部門:OZbooks賞 ジェラシーくるみ、文藝春秋賞 Shun Onitsuka、ダ・ヴィンチWeb賞 tkq。 コミックエッセイ部門:レタスクラブ賞 ちょっ子、ポプラ社一般書編集部賞 日高十三男、ダ・ヴィンチWeb賞 広海走、はちみつコミックエッセイ賞 もろたろう、よしのくりこ。 フード部門:ESSE賞 岸田ひろ実、アイスム賞 110号室。 ミステリー小説部門:双葉社文芸出版部賞 七生水レモン。 ホラー小説部門:テレビ東京賞 ages an、ハーパーコリンズ・ジャパン賞 汐見ウミ。 恋愛小説部門:双葉社文芸出版部賞 渡邉怜。 お仕事小説部門:光文社賞 涌井 学。 ファンタジー小説部門:メディアワークス文庫賞 紫月音葉、ハーパーコリンズ・ジャパン賞 砂張 五、nonkuri。 マンガ部門:週刊少年マガジン編集部賞 ue_t(うえた)、OZcomics賞 にしはまかおり。 ビジネス部門:KADOKAWAウェルビーイング編集部賞 竹村俊助、フィルムアート社賞 藤澤 仁、ディスカヴァー・トゥエンティワン賞 やまだくにあき。 オールカテゴリ部門:インプレス賞 KanaFett、note賞 水田ことみ(safari)。





















