今年は大丈夫かもしれないし、来年も大丈夫かもしれない。しかし最終的には、それは就職した時かもしれない、何か他の時かもしれないけれど、どこかでおかしくなる。それは物理は極めて範囲の広い学問だからです。何百万という公式や法則がある! それを全部暗記する事はできない――不可能なんです。
量子力学で、最も自然な概念は、エネルギーなのである。核子の間、分子の間、等々の、複雑な力を考えると、力とか速度とかいうものは、バラバラになったり消えてなくなったりするけれども、エネルギーという考えはそのまま残る。
軍部が自主統制をもって、連邦政府の中の自らの位置をわきまえていることこそ、わが国の偉大な伝統であり、もっとも価値あることの一つだと僕は考えます。ですからあんまりひどく突っついて堪忍袋の緒を切らせ、せっかく軍が自主的に守っている統制を破らせないよう、注意しなければいけません。
同じ馬鹿でも偉ぶった馬鹿ほど鼻持ちならないものはない。普通の馬鹿なら話もできるし、助けてやることもできよう。しかし自分の馬鹿さかげんを隠すため、えらそうなでたらめを並べたてて人を恐れいらせようとするようなもったいぶった馬鹿だけは、僕は絶対にがまんできない!
極低温の世界のように、どこまでも掘り下げていけそうな計り知れぬ領域を発見したカメルリング・オネスのような人のことを、実験物理学者たちはうらやましく感じることも多いでしょう。なにしろその人間は、そのときからリーダーとなって、しばらくの間、科学の冒険を独占できるのですから。
僕は京都の湯川研究室で何カ月か過ごしたが、これがまたたいへん楽しかった。何といってもすべてが実に快い。仕事に行くとまず靴を脱いであがり、ちょうど欲しいなと思っている頃、誰かが茶をいれてくれる。ほんとうに気持がよかった。
さてこのシステムの生みの親たるフランケル氏は、コンピュータをいじったものなら誰でも知っている、いわゆるコンピュータ病にかかってしまった。この病気はなかなかの難病で、仕事に非常にさしさわりがでてくる。コンピュータで困ることは、これを使ってついつい遊んでしまうことである。
とにかく僕は間抜けだから先が見えないんだよ。それならどうして研究なんかするのかと言うとね、この世界に大事なものは実用だけじゃない。世界が何からできてるのかわかったら、どんなに痛快だろう。こうした興味は、人に望遠鏡を作らせたのとまったく同じ好奇心だよ。
僕の家族はユダヤ系でね。親父は無神論者だった。それでもおふくろ、いやまあ両親ともだが、ヘブライ語を少し覚えさせようというつもりか、土曜日になると僕をユダヤ教会の日曜学校に通わせたんだ、だが僕はあれを信じなかったから、一三歳のころ行くのを止めてしまった。
もっともっと進んだ部分に入っていくと、端的には誰も本当には理解できないような結果が、数学からは導き出されるというような場合があるのである。ディラックの方程式がその一例である。この方程式は一見したところ非常に簡単で、きれいな形なのであるが、それから得られる結果を理解するのは難しい。
僕が将来に希望をもっていることの一つは、現在正しい方向に進んでいるものがたくさんあるということです。まず第一に情報伝達が普及したおかげで、数多い世界の国々がいくら耳をふさいでも、互いのことが耳に入ってくるようになりました。
人間はお互いに人間らしい扱いをするべきだと僕は信じている。だから僕を人間らしく扱わないような連中とはいっさい関係したくない!向うがいやな思いをしたって?いやならいやでしかたがあるまい。こっちだってあんまりいい気持はしていないんだ。とにかく放っておくしかないだろう。
その基本は何かというと、政治を司る方法など本当に知っている者は誰一人いないんだ、という考え方です。だからこそ様々な新しいアイデアを育て、試み、必要とあれば潔く捨て去り、更にもっと新しいアイデアを取り入れることのできる、試行錯誤のシステムを作るべきだという思想が生まれたわけです。
