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【お知らせ】
『新しい「古典」を読む 4』finalvent著が、今日、2025年11月10日、ついに発売されました。
『新しい「古典」を読む 4』
amazon.co.jp/dp/B0FYGVYY4L
この巻は、著者自身が言うのもなんですが、圧巻という感じです。自分が書いたものとはいえ、10年も前に書いたので、かなり距離感もあり、離れた目で読むのですが、これは、けっこうとんでもない代物だなあ、と他人事のように思いました。
これで4巻シリーズは完結です。
悲願達成という感じがします。
率直なところ、これが実現される日が来るのとは思わなかったです。すでに原稿があるのだから、版組すればいいじゃないかと簡単に思ってた自分を殴ってあげたいです。編集に苦慮されたバンディット(BANDIT)さん、ありがとう。ここまでできる編集者はいないよ、すごいよ。
これを祝してということでもないのですが、池袋ジュンク堂で、文芸評論家の仲俣暁生さんとトークイベントをします。
honto.jp/store/news/detail_0…
参加費2000円と映画なみのお値段ですが、たぶん、珍しい機会、そして、めずらしい話題になると思います。ぜひ、ご参加ください。
開催日時:2025年11月25日(火) 19:30~
開催場所:池袋ジュンク堂9F イベントスペース
来店トークイベント【19:30開演】
軽出版から考える 本を作ること・売ることの未来
仲俣 暁生(編集者・文芸評論家/大正大学表現学部教授)
finalvent(ライター・ブロガー)
坂田 散文(司会・編集者)
この‘shit house country’の‘shit house’ですが、「野外便所」です。昔はどの国でも(日本も)、便所が別棟だったりします。
WARNING: STRONG LANGUAGE
President Trump escalated his invective against Norway, calling it a ‘shit house country’ and saying Norwegian immigrants are not welcome in the United States because the Nobel committee, based in the capital Oslo, has not awarded him a Peace Prize reut.rs/3U1joSt
直接的な回答は皆さんご存知だと思うので、私はちょっと小ネタで答えてみましょうかね。まあ、間違っているかもしれませんが。
セブンイレブンというのは、元来アメリカで始まったんです。1927年、アメリカのテキサス州ダラスにあった「サウスランド・アイス社」という氷屋さん(氷の販売所)がルーツなんですね。
当時はまだ電気冷蔵庫が一般家庭に普及していませんでしたから、食品を冷やすための氷は生活必需品だったわけです。
ちなみに昭和40年代頃までは、日本でも商店街に氷屋さんっていうのがありましたね。
で、ですね、この氷屋さんはもともと長時間営業していたそうです。氷のニーズを反映してのことでしょう。
そこで、「せっかく長い時間お店を開けているんだから、お客さんが必要とするものも売ったら便利じゃないか」ということで、氷のほかに牛乳や卵、パンなども売り始めたら、これが好評だったと。
普通の食料品店が閉まっている時間でも生活必需品が買える。まさに「便利なお店」、つまりコンビニエンスストアの原型がここに生まれたわけです。
1946年、朝7時から夜11時まで、毎日16時間営業するという、その営業時間にちなんで「セブンイレブン」という名前がつけられたそうです。
こうして歴史的に見ると、「コンビニ」というのは、ドラッグストアからの発展・派生ではないんですね。
哀悼。高齢でも明晰な方でした。父・赳夫
も90歳で亡くなっており、長命の家系でしょうかね。
福田康夫元首相が死去 日中関係の改善に尽力、「大連立」を模索 asahi.com/articles/ASVBV14HQ…
第91代首相を務めた福田康夫(ふくだ・やすお)さんが死去した。90歳だった。衆院当選7回。
私のベルクソン理解は小林秀雄と同様に澤瀉久敬を経由したものです。
それはそれとしてベルクソンは私の見る限り優しい哲学をしています。彼は説明がとても上手なんですね。で、そのことは彼が哲学史から離れているということでもないんですが、言葉、特にフランスの日常語的な関係があるように思います。
何が言いたいかというとそのベルクソンの一件優しそうに見えることとその叙述テキストは幻惑的だと言いたいんですよ。これはあまり品のいい言葉ではないんですけれどベルクソンの哲学と分析哲学は調和しないんですね調和するような言説はベルクソン的になってしまうと言ってもいいと思います。
ここは少し厳密に言わないといけないんですがずっと気になっていてましかしもう私の人生で解決ができそうにはないんですけれど、ピエール・テイヤール・ド・シャルダン(Pierre Teilhard de Chardin)をどう捉えるかです。下品な言い方なんですけれど日本の哲学愛好家はベルクソンが好きでもシャルダンを見ないんですね。
ここにセレクトされているニーチェの中に『ツァラトゥストラはこのように語った』が入ってないんですよ。
それを非難しているという意味ではないんですけれど、ニーチェを理解するという時に、この何て言うんでしょうね哲学及びエッセイ的なディスクールっていうのは自己批判性の薄い単眼なんですけれど、『ツァラトゥストラはこのように語った』はニーチェ自身の解体を含む複眼性があるんですね。
そして、そのことは、自分なんかには大きな支えになりますね。あと、ニーチェというのは、マジな人ですね。自分はこうはなれませんね。
この写真で、ゼレンスキーと並んでいる男は、アンドリー・イエルマークです。ゼレンスキー大統領の下で2020年から2025年まで大統領府長官を務めた人物です。実際には「ゼレンスキー大統領の下」というより、事実上の共同統治者あるいは「イエルマークの方が実質的な実権(影の支配者)を握っていたとも言われますね。
イエルマークは元弁護士・映画プロデューサーであり、ゼレンスキー氏のコメディアン時代からの長年の友人でした。
長官就任後はウクライナ政府の人事を掌握し、戦時下のウクライナ政権における「事実上のナンバー2」「影の副大統領」として絶大な権力を振るいました。
しかし、その後汚職疑惑による捜査を受け、失脚・拘束される事態に発展しています。
Laut Financial Times bot Putin Anfang 2023 einen weitgehenden Truppenabzug an. Selenskyj lehnte ab. Ein ukrainischer Abgeordneter liefert nun brisante Details. berliner-zeitung.de/article/…
昭和から平成に切り替わった日、世間はどうだったか?
ようやく鬱陶しいものが終わったっていうのとあっけに取られていたというのがあります。この鬱陶しいものというのはそれを言葉にしてすらいけない雰囲気があったんですね。この状況を表す1つの言葉がありますおそらくこれは若い人は知らないだろうと思いますね。「下血」
平成という元号が出てくるんですけれど、この文字をテレビで見かける映した時の政府の人が後の小渕総理大臣です。そのため「平成おじさん」とか後で言われたりもしました。何が言いたいかというと「平成おじさん」みたいなの大きな形で見ると崩御というのと分離されてるようなんですけれど、これ8時間後の出来事だったんですよね。
昭和天皇が死んだことによる混乱というのはありませんでした。えっと私はこの事実を東京駅のホームで聞いたので、ちょっとその先に予定を個人的にキャンセルして宮城前に駆けつけました。そこに何か光景があるかと思ったんですよね。敗戦の時のようなものがある。
で、その時の光景覚えてるんですけれど何もないんです。人っこ一人いないとまでは言いませんけれど、ほとんど人はいません。街の雰囲気も変わっていませんでした。あのころのいつもの陰鬱な風景です。この何もないっていう宮城前のあの風景を見た人は少ないんじゃないかと思いますね。
ところで、「宮城」って死語みたいですね。
今回は試しに実験的にやってみたんですけれど、結構できてびっくりしたんですが。さらに本格的にやるならば、過去のローカライズのポイントをまとめるか、あるいは比較の材料を与えてローカルズのポイント自体まとめさせて、それを与えればかなりのクオリティができちゃいそうですね。正直なんかこう呆然とします。






















