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田舎のクリエイティブを10年やってきた経験からすると、「売れる」という観点では、元々のダサいデザインの方が売れると思う。
ポイントは、シズル感があるとか、文字のジャンプ率がいいとか、そういうことじゃなくて、“生産者しか書けない”「一次情報」がダサいデザインの方が多いから。
以前、地元で人気の農園さんのポップデザインをやらせてもらったことがあるけど、余白を使ったレイアウトと刺さりそうなコピーを提案したが、その社長は「そういうことじゃねえんだよ」って手書きのポップをその場で書いて、それで売ったら実際そっちの方が反応が良かった。
その社長が書いたのは
・糖度20!
・10年以上試行錯誤をしたオリジナル品種!
・〇〇な特殊な有機肥料を採用!
みたいな、ものづくりへの愚直なこだわりと数字の結果。
「イラレではなくAIを使うようになった」は一昔前では「手描きではなくパソコンを使うようになった」、と同じで、手書きだろうがイラレだろうがAIだろうが、その手段は時代とともに移り変わる。
大事なのは、その人からしか出てこない(実際のこだわりなど)「一次情報」があるかどうか。
なので、デザインでシズル感出しても、一次情報がないAIチラシはスカスカで売れない。
デザインの力なんてそんなもんです。どこまで行っても、母数が0なら、デザインを100かけても答えは0。
母数である「一次情報=合理的なこだわりや真摯な想い」があれば、良いデザインを掛け算すると、とてつもない効果は出せる。
今のTLに溢れかえるデジタル写真、とりわけコスプレ写真は、もはや「写真」と呼ぶのすらおこがましい。光も構図も毛穴ひとつに至るまで完全にコントロールされ、不純物を徹底的に漂白したそれは、ただの「高精細なグラフィック」だろう。映画のワンシーンを気取って完璧な「画像」を錬成しているが、そこにあるのは息が詰まる人工美と、写真本来の生々しさが死滅した標本だ。なぜ揃いも揃って、そんな無菌室の画像ばかりを量産してしまうのか?理由はシンプルで、技術が成熟して正解がバレたからだ。絵描きや陶芸家が「洗練されすぎるとクソつまらなくなる」と恐れて避ける場所に、カメラマンたちは突っ込んでいく。行き着いた先は、撮り鉄の編成写真と何ら変わらない減点方式の検品作業だ。つまらない。画質だ解像度だと語り合うが、要は自分のセンスに自信がないだけ。写真の良し悪しを画質でしか測れない貧困な感性を隠すために、ミスを恐れて「破綻のない100点満点のテンプレ」に逃げ込んでいるに過ぎない。そんな予定調和のぬるま湯から、我々を力づくで脱輪させるのが「写ルンです」。感度も変えられない、設定もいじれない強制的な武装解除。だが、その徹底的な不自由さという別ゲーのルールに放り込まれた瞬間、失敗を恐れるみみっちいプレッシャーは消え去る。構図は散らかり、光は暴れ、画面は安っぽくザラつく。その制御不能なノイズの向こう側にこそ、「「「「今、目の前の現実をぶち抜いたぞ」」」」という暴力的な写した感が顕現する。キャラクター自身がその場で切ったような生々しいリアリティすら成立する、本物の強度があるぞ。旅先で適当に切った「写ルンです」の1枚が、何十万もする機材で神経をすり減らして撮ったデータより心を揺さぶる。この事実から目を背けるな。もちろん、血眼になって100点のCGを作り込むのも狂気だ。だが、減点法の奴隷になって窒息しかけているなら、今すぐその重たい機材を投げ捨てて、ポケットに入る”それ“でプライドをぶち壊してみろ。シャッターを切れ!デジタルが捨てたすべての面白さは、そのプラスチックの中にある。
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11月6日でFILLS撮影会は4周年を迎えます❣️
明日は今までFILLSで撮っていただいたお写真を沢山掲載してくださると嬉しいです📸💓
来週の周年イベントに先駆けて、FILLSのお誕生日をみんなでお祝いしてくださいね✨
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