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本日より発売です。
若者を中心にファッションがこれほど、またなぜ消費されているかを考えた論考です。
以下のような題材をおもに取り扱っています。
興味のある方はぜひ。
1章 アッパッパ 幸田文 林芙美子 銘仙 職業婦人 洋裁学校 モンペ
2章 BG みゆき族 VAN アイビー 石津謙介 私立大学生 ミニスカート 鈴屋 コム・デ・ギャルソン ファストファッション
amazon.co.jp/%E3%80%8C%E7%A7…
ファッション、私にとっては思想でも美的対象でも表現でも、産業的な商品でさえなく、暇つぶしの対象なのではないかと思い至った。高度な資本主義に否応なく巻き込まれてしまった人びとが、それでもつきなく生きようとしてくりかえしてきた 暇つぶし。amazon.co.jp/%E3%80%8C%E7%A7…
こういう世界「15歳のときに自殺できなかった女の子たちがヒマツブシに生きて23歳になってもまだ生きてて、たぶんまだ死ぬまで生きそう。
だったら仲良しでたまに集まって、ケーキお茶でぺちゃくちゃ、おしゃべり。」
『「私ひとりだけの服」の歴史社会学』のあとがき、noteに公開しています。よろしければ。note.com/hideyukisadakane/n/…
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「一九九〇年代末から二〇一〇年代初めにかけて、物価の下落が購買力の減退を代償する。こうした現象の中心にあったのが、モノを安価に売るデフレ的ショップの興隆であり、なかでも一〇〇円ショップの人気である。」(貞包英之『消費社会を問いなおす』ちくま新書、P72)
note.com/honnoinosisi555/n/n…
今から30年ほど前、ウランバートルのホテルのバーで村上龍らしき人を見た。スーツにトレッキングシューズで高そうなお酒を飲んでいた。帰ってから調べてみたけど、どうもウランバートルに行っていた形跡はない。でも村上龍以上に、村上龍らしく、恰好の良い人だった。
村上龍、人並みに楽しく読まさせていただいたけど、多くは面白かったという感想しか残っていない。例外は『テニス・ボーイの憂鬱』。都市で小金を持った中年の退屈さ、卑小さ、そのなかでも残る自由になることへのあこがれをあれほど真面目に、また憂鬱に書いた小説は他にないのでは。
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あわせて読みたい貞包英之『消費社会を問い直す』(筑摩書房 2023年)。ここからの発展が『「私ひとり…」』だと思うと感無量。あと井上雅人『洋裁文化と日本のファッション』(青弓社 2017年)。「洋裁」を切り口にユニークな日本のファッション文化の展開を辿る。衣服オンチな自分にも刺激的な本。
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【新刊本入荷】
◎「私ひとりだけの服」の歴史社会学 貞包英之
家の共有財であった服が、個人のものになり、消費の対象になっていく。服の歴史を通して、消費社会や文化のあり方を考える一冊。
scene-books.com/items/6acb61…
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「私ひとりだけの服」の歴史社会学 消費はいかにファッションと身体をかたちづくってきたか 9/26 発売
貞包英之
誰が、なぜ、どのようにして、服を求めつづけてきたのか――衣服はもともと個人のものではなく家の共有財であった。それが個人のものになり、そして果てしない消費の対象になっていく。着
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貞包英之『「私ひとりだけの服」の歴史社会学』(青土社)。服は「着ること」の意味について多く論じられてきたのに対して「買うこと」についてはどうだろうか。家の共有財としての服から抜け出し、「私ひとりだけの服」の獲得という夢を実現するための服の消費に歴史的・社会的焦点を当てた1冊。
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大山顕『かわいいビル』『蒐集がアートになるとき』堀江敏幸『ロベール・クートラスをめぐる断章群』開高健・小田実『世界カタコト辞典』乾久美子『小さな風景の教え』『アメリカの本屋さんの歴史』『恍惚の哲学』貞包英之『「私ひとりだけの服」の歴史社会学』など入荷しております。 @tsubame_books
大山顕『かわいいビル』の巻末には「かわいいビルはなぜ『かわいい』のか」と題した文章がある。大山顕の写真(とその対象)がかわいかったりかっこよかったりすることはもちろんのこと、エッジの立った(批評的)文章が添えられているというこの塩梅にいつも共感する。『蒐集がアートになるとき』は見るからにいい本という本(何も言っていない)。クートラス、ゼロ年代の初頭、中村好文経由で知ることとなり、2008年銀座のギャラリー無境で開催された展示で見たもののその場で買うことを躊躇したことを後悔しているが、それは今や1枚20万くらいするという値上がりの問題ではなく、気になったものを手元に置いておくというスタンスを持ちきれなかったから。確かあのときは屋久島に社員旅行に行った帰りの空き時間での訪問となり、いろいろと焦ってしまっていた気がする。伊丹十三『女たちよ!』の中にある「スパゲッティのおいしい召し上がり方」という話で「アルデンテ」を知るような役に立つトリビアばっかりではないが、白水Uブックス新レーベル「外国語のポケット」の『世界カタコト辞典』はサイズ装丁ともにかわいらしく(文フリにあったら買ってしまいそうだ)手元に置いてぱらぱらしたくなる本。
『「私ひとりだけの服」の歴史社会学』、服を着ることではなく、服を買うことの意義という議論はそのままに本を読むことではなく、本を買うことの意義に接続する。ワードローブと本棚は同じではないとしても、都築響一『HAPPY VICTIMS 着倒れ方丈記』ではないが、本棚を見れば、ワードローブを見れば、そのひとのひととなりがわかるということは言えるような気がする。いっぽうでひととなりがわかる本棚やワードローブを持っているひとはどんどん減っているような気もする。UNIQLOの「LIFEWEAR」という提案が地球全体を覆い尽くす現代において(これはファッションの雑貨化@三品輝起とは言えないのだろうか)、あらためて考えるきかっけを与えてくれる。

















