「なにもしていない」と〈言う〉ことは、死体現熟の構造的契機たる言語の営み―発話行為そのものである。従って、真に「なにもしていない」死体は、完熟/腐爛/白骨の3位基台。単なる物理現象(腐敗等)は、死体現熟における〈する〉内に入らない。それは自然現象でしかない。現熟は自然-社会現象なのでR。
¡ながっ! でも概ね真っ当なこと言ってそうね、感じとしては。SWIW派にもむかつくのとそうでないのがいて、この人は後者。「国際人権 セックスワーク」はむかつくけどたまに笑える。一番むかつくのは、「すべての差別に反対し、すべてのマイノリティと連帯するのが左翼(だからSWer支持)」的単細胞サヨ。
「早稲田ゆきは今の国際人権でセックスワークの非犯罪化がよく言われていることを全く認識してないのは、ぱっぷすと連携してるからだろう。」
いや、知らないというより、知ったうえで拒否している可能性も考えるべきだと思います。
世界のセックスワークをめぐる論争には、単なる制度や法律の違いだけでなく、そもそも「人間の性行為をどのようなものとして捉えるのか」という、根本的な価値観の違いが存在しているのではないでしょうか。
そして、日本ではこの問題が、さらに複雑になっていると感じています。
日本は、性産業や性文化が非常に多様に発達してきた社会です。しかし、その一方で、性に対する法律や社会規範には、強い抑圧や矛盾が存在してきました。
江戸時代には遊郭文化が発達する一方、女歌舞伎や若衆歌舞伎が風紀上の理由などから禁止されました。明治以降は、西洋近代の法制度や道徳観も取り入れながら、国家が性表現や性産業を規制する仕組みが整えられていきます。
それでも、性産業そのものが消滅したわけではありません。
戦時中には日本軍の慰安所制度が作られ、女性たちの性が軍の管理下に置かれました。敗戦後には、政府の関与のもとで特殊慰安施設協会(RAA)が設立され、占領軍兵士向けの性的サービスが組織されました。
RAAは1946年に閉鎖され、公娼制度も廃止されましたが、性売買は赤線・青線と呼ばれる地域などで継続しました。
1956年には売春防止法が制定され、1958年に全面施行されます。
この法律は売買春そのものに罰則を設けず、勧誘、周旋、場所提供などを処罰対象としました。一方で、売春を行う女性を保護・更生の対象として位置づけ、かつては補導処分など、本人の意思に反する介入も制度化されていました。
しかし、法律ができたからといって、日本の性産業がなくなったわけではありません。
性産業は規制に合わせて形態を変えていきます。
例えば、ソープランドのように店舗が場所や設備を提供し、性交については店舗の営業とは切り離して説明する形態。また、売春防止法が定義する「性交」を伴わない性的サービスを提供する、さまざまな営業形態が発達しました。
もちろん、こうした建前があれば管理売春が合法になるという意味ではありません。
重要なのは、日本の性産業の多様性が、単に性的な需要によって発達しただけでなく、法律による規制と、それを回避・適応しようとする営みの中でも形成されてきたということです。
一方、性的な表現についても、国家は独特の規制を続けてきました。
1957年のチャタレー事件最高裁判決では、「わいせつ」の判断基準として、おおむね次の三つが示されています。
・いたずらに性欲を興奮・刺激させること
・普通人の正常な性的羞恥心を害すること
・善良な性的道義観念に反すること
これは刑法上のわいせつ表現を判断する基準であって、性行為そのものの定義ではありません。
しかし、ここに表れている価値観には、考えさせられるものがあります。
人間の性には、生殖だけでなく、快楽、親密さ、遊び、自己表現など、さまざまな文化的側面があります。
食事が単なる栄養摂取ではなく、人間の楽しみや文化であるのと同じです。
ところが、性的な表現については、性的興奮をもたらすことが規制の判断要素となり、性的羞恥心や道徳との関係で評価されてきました。
日本の司法が性的快楽そのものを全面的に否定してきた、とまでは言えません。しかし、性的興奮や快楽を、それ自体として積極的な文化的価値と捉える視点は、少なくともこうした法的判断の中では乏しいように思います。
ここに、日本社会の大きな矛盾があるのではないでしょうか。
日本には膨大な性的コンテンツがあり、性産業も大きな市場を形成しています。BLをはじめとする多様な性的表現も発達してきました。
しかし、現実の性的マイノリティの権利保障や、女性の性的自己決定、包括的性教育については、長く抵抗が存在してきました。
性を娯楽として消費することには寛容でも、性について当事者が主体的に語り、権利を主張することには抵抗がある。
私は、日本社会にはこのような潜在的なセックスフォビアが存在しているのではないかと考えています。
そして、この矛盾した社会環境に、反セックスワークの立場の人たちも、セックスワーカーの権利を主張するSWIWの人たちも、それぞれ異なる形で適応せざるを得なかったのではないでしょうか。
反セックスワークの立場では、性産業に存在する支配や搾取が強調されます。一方、SWIWの立場では、現実に働いている人々の生活、安全、労働条件、自己決定が重視されます。
どちらも重要な問題を扱っているのですが、そもそも日本社会が性をどのような人間の営みとして捉えているのか、という根本的な問いが共有されないまま議論が進んでいるように感じます。
さらに、反セックスワークの立場をとる人々の中には、性行為そのものへの否定的な感情や、男性の性的欲望を強く問題視する価値観を持つ人もいるのではないでしょうか。
もちろん、ノルディックモデルを支持する人が、すべて性的快楽を否定しているという意味ではありません。
しかし、性行為を主として支配と従属の関係から理解し、金銭を介した性行為を、その構造の表れとして捉える思想は確かに存在します。
その立場からすれば、成人同士の合意に基づくセックスワークであっても、単に本人が望んでいるという理由では容認できないことになります。
ここで問題になるのは、性行為に権力勾配が存在することと、当事者の主体性が存在しないことを、どこまで区別できるのかという点です。
現実の人間関係には、経済力、社会的地位、年齢、経験など、さまざまな力の不均衡が存在します。
しかし、権力勾配があることだけを理由に、本人の意思や選択を否定してしまえば、性的自己決定そのものが非常に狭いものになってしまいます。
そして、性的快楽や性行為の文化的価値を十分に認めない立場からすれば、金銭を介した性行為を認めることには、なおさら強い抵抗が生じるでしょう。
だからこそ、アムネスティ・インターナショナルなどが提唱する、成人間の合意に基づくセックスワークの非犯罪化についても、知らないから反対しているのではなく、知ったうえで、その根底にある考え方を受け入れられない人たちがいるのではないかと思うのです。
そして、もう一つ忘れてはならないのは、国家による介入の問題です。
買春を処罰するということは、成人同士の性的な関係に対して、国家が刑事捜査を通じて介入することを意味します。
売る側を処罰しない制度であっても、買春を立証する過程で、セックスワーカーの私生活や通信、性的な経験が捜査対象になる可能性があります。
では、国家は個人の性的な関係に、どこまで介入することが許されるのでしょうか。
性暴力や強制、人身取引を防ぐことは当然必要です。しかし、成人同士の合意に基づく性行為に金銭が介在したという理由で、どこまで刑罰や捜査を正当化できるのかは、別途検討しなければなりません。
そして、規制によって仕事や収入を失う人々の生活を、どう保障するのでしょうか。
セーフティネットの整備を語りながら、その整備より先に規制を強化すれば、生活に困窮した人が、かえって危険な環境へ追い込まれる可能性があります。
そうした問題を十分に検証しないまま、海外の制度を日本に導入しようとすることには、強い疑問を感じます。
私は、セックスワークをめぐる論争を、単に「売春を認めるか、認めないか」という話にしてはいけないと思っています。
そもそも、人間にとって性とは何なのか。
性的快楽や親密さ、自己表現を、私たちはどのような価値として認めるのか。
そして、国家は個人の性的自己決定に、どこまで介入してよいのか。
日本の性文化と法制度が抱えてきた矛盾を見直さないままでは、ノルディックモデルと非犯罪化の議論も、いつまでも噛み合わないのではないでしょうか。
「生きとし生けるもの」の偏執性は、「ミミズだってオケラだってアメンボだってみんなみんな生きているんだ友達なんだ」を、マダニ/シラミ/ゴキブリ等に替えれば分る。生命現象の唯物論的規定は「蛋白体の存在様式(Daseinsweise der Eiweißkörper)」(Engels)なので偏執的ではないが、普遍的なだけでR。
その程度ですんだとは驚きです。記事だけ読んだ限りでは、もう絶体絶命という感じを受けましたので。革マル派の方にもそれほど強く出られない事情があるのかと。今にして思えば、記事からはある種の“焦慮”も感じられた。そういう意味では、松代秀樹と松竹伸幸は、古巣との関係という点では似てるかも。
Replying to @kumar_magro
その後、近隣の家々に私が「ロシアのスパイ云々」と書かれた手紙が配達されました。ご丁寧にも自宅にも。その為に近隣の住所、世帯主名を調査する活動にリタイアした古参活動家が動員されたようですが、その際に使用した車両が権力側に知られ、微罪で逮捕されたようですが。
その「解放」読みました。現在は困窮によりやむなく購読中止してますが、当時は定期購読してたもんで。しかしあそこまで書かれて―しかも盗撮写真入り―よくご無事でらっしゃいますね。私はあれを読んだ時、糸色&北井コンビの命数は尽きたと思いました。つまり、革マル派に処刑されるのは時間の問題―と。
Replying to @kumar_magro
因みにに探究派トップである北井氏と反革命同盟を結んでいると現革マル派中央から打倒対象として「解放」紙上で名指しされている私ですが、北井氏のブログならびに著作では黒田の思想そのものを黒田の実存に踏み込みながら批判しています。
黒田を神格化しているのは現革マル派。












