福島県郡山市出身。マンガやアニメ、ゲーム、小説の設定考証稼業。参加作品は「ヨルムンガンド」「ジョーカー・ゲーム」「プリンセス・プリンシパル」「機動戦士ガンダム水星の魔女」「パリに咲くエトワール」など。共同監督作品「OBSOLETE」はYouTubeで公開中!「Watch Dogs Tokyo」もよろしく!

東京都中野区
Joined February 2009
オープンソース・インテリジェンスは面白い!と力説していたら、連載になりました。「Code;OSINT #コードオシント 引きこもり探偵と彼女の猟犬」、よろしくお願いいたします。一読していただければ! Code;OSINT コードオシント 引きこもり探偵と彼女の猟犬 - 白土晴一/鴨修平 / 第1話 邂逅 | コミックバンチKai [ kuragebunch.com/episode/1220… ]
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某パーティーから帰宅中。ジャケット着たら、暑い!10月なのに!
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白土晴一@「Watch Dogs Tokyo」第1~3巻発売中! retweeted
新刊『フィジカルAIとロボティクスの思想』 amazon.co.jp/dp/B0HNV13PGR/r… 生産・物流・ケア等の領域で深刻化する人手不足を背景にいま「フィジカルAI」開発への注目が高まっている。 現在進行形の諸問題に加え「ロボット」概念の思想史にも立ち返りつつ、多様な観点からその可能性と課題を検討する
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【販売開始! 】 10月31日(土) 考証ブラザーズの科学とSFトーク(オンライン) 科学とSF越境する好奇心が織りなす超雑談! boutreview.shop-pro.jp/?pid=… 考証ブラザーズ   堺三保@sakai_sampo 白土晴一@manetoke ゲスト/溝口哲郎(高崎経済大学 経済学者)
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年々この仕事をしていると、だんだん自分の知識だけで済ませようという怠惰な作業になりがちなので、なるべく自分があまり関係ないことを調べる。で、またよくわからず入手したものを自主的に調べる。 この文書は楮紙に書かれた明治12年に栃木県下安蘇郡會澤村(現・栃木県佐野市会沢町。)の人民総代(村の意見の代理人)のお願いを筆生(役所の書類作成官吏)に書いて貰って、初代栃木県令・鍋嶋幹(鍋島幹)宛てに提出された「伐木御願」。 「安蘇郡会沢村の福壽院境内にある杉の木13本の伐採下げ渡しをお願いしたい。 当村の福壽院が火事で焼失してしまい、再建の材木の調達を試みましたが、小さな檀家なので自力では難しく、境内にある杉木が火災で焼け枯れとなりましたので、これを頂戴して建築用材にしたい。なにとぞ格別のご慈悲をもって願いの通りご許可くださいますよう、ひとえにお願い申し上げます」というような内容。 安蘇郡會澤村は、現在の「栃木県佐野市会沢町(行政区は会沢第一・会沢第二・会沢第三)」にあたる。江戸時代には旗本領などであった、下野国都賀郡の「小曾戸村」と「小室村」が明治9年に合併し村。 その後も編入や合併が繰り返された場所であり、届にある通り、規模も小さく、格段に裕福な村ではなかったと思う。 問題は明治新政府が、明治4年正月5日の太政官布告第4号「社寺領上知令(第一次上地令)」によって現境内を除く社寺領を官有化し、さらに明治6年7月2日太政官布告第235号「社寺境内樹木濫伐禁止ノ件」等によって、お寺や神社の再建用材であっても県の許可なく境内木を伐採することを厳禁したこと。 また、栃木県令の鍋島幹の名前で出された、明治6年3月の布達「諸願伺届書類表式書式」で願書表紙の中央に表題(「何々願」)、左下に郡村名・職分・姓名を記す雛形を定め、さらに明治7年8月28日の布達(参事・藤川為親代理署名)で願書には、私的な代理人じゃダメ、はっきり村の意見を代表する人間の名前を書けと命じている。 この「伐木御願」は、国家布告と栃木県布達をしっかり守って、火災で焼け枯れとなった境内の杉木という損木の無償下げ渡しで、寺院の再建を目指している村の小さな檀家たちのものということになる。 江戸時代でもこういう届出は存在しただろうが、明治12年という時期でも、お役所に提出する書類の書き方がしっかり決められていることに、近代化って大変だなぁと思ってしまう。
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私がAIチャットで一番使うのは「それハルシネーション?」である。その次に「いいよ、ソースがないなら「ありません」でいいんだよ」である。なんだか怒った後に優しくなるDVの人みたいに感じてしまう。AI怖い。
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アチコチの公式サイトが繋がらない。php問題で大変な人が多いのだろうと心配してしまう。
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アメリカのFBI/SIS( Special Intelligence Service )やONI (アメリカ海軍情報部)が1940年代に南米で活動したドイツと日本の情報網の報告書を読むが、日本人の名前の綴りがかなりいい加減な気がする。いや、音で聞いてそれをアルファベットに落とすとこんな感じなのだろうか?
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dl.ndl.go.jp/pid/888615/1/42 #国立国会図書館デジタルコレクション 明治39年(1906年)1月に出版された臆病古武士著『実説妖怪新百話』という、現代でいえば実話怪談本があるが、その中に「お厩谷の化け物屋敷」という話がある。 化け物を信じない語り手が、知人の壮士上がりの山田某が営む東京麹町区番町、通称「お厩谷」の二階建ての待合に招かれる。二階で碁を打っていた夜十時頃、階下へ降りた山田がガス灯を消し真っ暗になる。階段を降りようとすると、襟元から水を浴びたような悪寒が走り、背後から何者かに突き落とされるように階下へ飛び降りてしまった。後日、占い師の指摘で階段の柱の土台を調べると墓石が見つかり、それを取り除いて庭に祀ると怪異は収まった。 こういう内容。そこまですごい怪異が発生したという話ではないが、これはなかなか興味深い。 怖いかどうかではなく、ディテールが面白い。 どうやら、この話は明治20年代くらいのようだが、厩谷(うまやだに)は、幕府の馬厩があったために名付けられ、当時は上六番町・中六番町・下六番町は、もとの表二番町通北側、裏六番町通、表六番町通南側などの地を合わせた古い地名。 語り手は言葉として「九段の坂を登りて三番町の通を行き招魂社(靖国神社)わきの巡査交番所の前から、廣い通りを左にまがり、井伊伯(元井伊藩主)のやしきを通り拔ければ坂になるだらう、あの坂の下が即ちお厩谷と云ふのだ、して坂を下り切つてしまへば、四辻(よつつぢ)になる、その四辻を左の方に曲つて直ぐとつ付きの新らしい二階建が其の化物やしきなのだ」とあるので、おそらく上六番町なのだろう。 この場所は江戸時代には旗本屋敷などが並んだ武家地だったが、明治5年に上六番町へ再編。明治10年代には畑や空地が残っていたが、怪談の舞台となった明治20年代前半〜中頃には急速に開発が進み、新しい貸家が建築された時期である。 当時の上六番町の北の三番町には芸者新道と呼ばれる場所があるほど、周辺の富士見町、元園町・麹町四丁目などには料理屋や芸妓屋が集ま李、花柳界が栄え始めていた。 待合や料亭の本を見ても、その中間に位置する上六番町の待合、この場所らしいものは見つけられなかったが、壮士上がりの男が新築された二階建ての貸家で、小規模の待合茶屋を開く場所としてはおかしいことはない。 また、電灯ではなく、屋内にはガス灯が引かれているのに注目してしまう。ガス灯を消したら、真っ暗になったということは、街灯がなく、夜になると外も闇だったのだろう。 この当時の多くの一般の商家や住居では店先に石油ランプやカンテラ、奥座敷にはまだ行燈だったが、新築の遊興施設であったがゆえに、室内にいち早く「瓦斯(ガス灯)」の配管を引き込んでいたと推察できる。 その上で、明治9〜19年の測量原図ではまだ「畑」や旧旗本屋敷跡の空地が残っていたお厩谷で、明治20年代の急速な開発で貸家が新築された際、近隣の廃寺や無縁墓地から出たらしい古い墓石が「階子段の左方の柱の臺(礎石)」として床下の根太板の下に無断転用されて、それを取り除いて庭の隅に祀ったことで怪異がピタリと止んだという結末は、武家地の解体と近代都市開発が生み出した明治期特有の都市怪談に思える。 怪談を読んでもこういう背景を読むのは、職業病だろうなぁ。
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白土晴一@「Watch Dogs Tokyo」第1~3巻発売中! retweeted
重版出来! 『図解 誰でもできる石積み入門』 真田純子 著 コンクリートやモルタルを使わない「空石積み」はエコで持続可能な技術。 崩した石を積み直せば地域資源が循環されます。 11/1には「第4回石積み甲子園」が佐賀県で開催されます! sites.google.com/view/ishizu… @JunkoSanada
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お濠。これから帰る。
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明治39年6月27日に海軍軍令部が出した『軍令部彙報』第十九号の「雑事 露国ノ部」に「日露戦役当時ノ浦鹽密輸入船ノ氷鎖」という記事が。『軍令部彙報』は海軍に関係しそうな海外報道の記事を翻訳しているものだが、同年6月19日付の『ジャパンタイムス』の転載記事で、日露戦争時にロシアに武器を密輸しようとしたドイツ汽船「スラバヤ」号が遭難し、乗組員が氷になって死亡していたという内容。 衝撃的な記事である。 この船はオランダ・ゼーラント州フリシンゲンのロイヤル・スヘルデ造船所(Koninklijke Maatschappij 'De Schelde')において建造された蒸気貨客船。オランダ海事歴史データ財団が保存する1884年1月8日付『NRC』紙によれば、ロッテルダムの海運会社ロッテルダム・ロイド社(Rotterdamsche Lloyd、運航管理:Firma Wm. Ruys & Zonen)の発注で建造され、オランダ本国と植民地オランダ領東インドを結ぶ定期郵便航路に投入された。 スエズ運河を経由してジャワ島東部の要港スラバヤやバタヴィアなどへの郵便物、船客、および植民地物資の輸送を担い、1895年には新型ボイラーの換装工事を受け、20年以上に渡って運行されていた。 しかし、このオランダ郵便汽船に、ハンブルクを拠点とするドイツ海運会社イェプセンが目をつける。 M. イェプセン海運会社(Dampfschiffsrhederei M. Jebsen)は、1870年代にクルップ製鉄所の鉱石輸送船隊支配人だったとミヒャエル・イェプセンによって創業され、オランダのロッテルダム・ロイス社を有するロイス家(Ruys)を出資者・共同船主としているオランダと繋がりが深い海運会社。 20世紀初頭には欧州での海運不況を契機として、東アジアの中国沿岸貿易にも手を広げ、1895年には香港に「Jebsen & Co.」、1898年のドイツによる膠州湾占領後は青島にキールおよびハンブルクの実業家ハインリヒ・ディーデリヒセンとの合弁商社「Diederichsen, Jebsen & Co.」を設立し、青島、上海、芝罘、ウラジオストクを結ぶ広大な海運・貿易ネットワークを築き上げていた。 1904年に日露戦争が勃発すると、東アジア海域では軍需物資や石炭の海上輸送需要が沸騰し、中立国船舶の用船料は空前の高騰を見せていた。イェプセンは、繋がりが深いロッテルダム・ロイド社から古くなった「スラバヤ」号を、1904年11月に買い取り、オランダ船籍からドイツ・ハンブルク船籍へと移籍させたのである。 日露戦争で一儲けしようとしたのだろう。 ドイツ船籍となったスラバヤ号は、当初は日本向けの石炭輸送に従事し、中立国の立場を生かして巨額の利益を上げた。しかし、戦争が長期化し、旅順要塞の包囲とウラジオストク軍港の孤立が進むにつれて、ロシア帝国政府は莫大な用船料を提示して中立国商船の調達に乗り出した。 スラバヤ号はロシア政府に傭船され、対日輸送から一転してロシア側の封鎖突破船(ブロックード・ランナー)へと鞍替えすることになる。「軍令部彙報」で密輸船と書かれたのは、このことだろう。 国際法上、1856年のパリ宣言により「中立国旗を掲げる中立船上の敵国貨物は、戦時禁制品を除き捕獲されない」と定められていたものの、武器弾薬などの絶対的戦時禁制品や、交戦国が実効的に設定した封鎖線を侵破しようとする船舶は、中立船であっても拿捕および捕獲審検所による没収の対象とされていた。 日本海軍は厳格な沿岸哨戒網を敷いていため、スラバヤ号がウラジオストク防備用の物資を搭載して日本海へ進出した際、日本の封鎖網は厳重で、ウラジオストクへの直接入港は不可能であった。 ちなみに「軍令部彙報」には「武器を運んでいた」とあるが、積荷の内容はわからない。 日本艦隊の哨戒線を突破できなかったスラバヤ号は大きく針路を転じ、アムール川河口域(アムール・リマン)へと逃れ、ロシア軍の重要拠点であるニコラエフスク方面へ向かう。 ロシア帝国参謀本部の公刊戦史『1904-1905年日露戦争』によれば、ロシア軍は日本の海上封鎖とシベリア鉄道の輸送力限界を克服するため、1905年の夏季航行期に外洋から海路でアムール川河口のニコラエフスクへ300万プード(約5万トン)に及ぶ軍需物資を中立商船で運び込ませ、そこから河川汽船11隻とバージ44隻を用いてアムール川を遡上させて内陸へ輸送する大規模な兵站契約を民間汽船会社と結んでいたとある。 ところが、日本海海戦でロシア海軍が大敗し、日本陸軍が北樺太要衝を占領したため、このロシア軍の兵站戦略は停滞することとなる。 アムール川河口に閉じ込められたスラバヤ号はどうすることも出来ず、同地にとどまることになる。
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1905年10月14日に講和条約が批准されると、スラバヤ号は、ようやくウラジオストクへ向けて出航する態勢に入った。イギリスの日刊紙『Newcastle Daily Chronicle』1906年3月3日付の記事によれば、同船がアムール川河口で最後に目撃されたのは「10月18日」であったとんこと。 しかし、この出航の時期は、シベリアの海が急速に凍結し始める季節と完全に重なっていた。 アムール川河口部は広大な海域だが、アムール川が運ぶ膨大な土砂によって平均水深がわずか3メートル、最大水深でも4.5メートル程度しかなく、無数の砂州や浅瀬が点在する危険な場所である。 満載喫水が7〜8メートルに達する大型鉄製貨客船スラバヤ号にとって、この水域からの脱出は座礁の危険と隣り合わせであった。 さらに、流入する大量の河川水によって塩分濃度が低い汽水域であるアムール・リマンは、通常の海水よりもはるかに凍結しやすく、例年11月から翌年5月まで海面全体が厚い氷に覆われる。 ロイズ海難統計録(Wrecksite)の記録によれば、同船は10月18日の最終目撃から1週間後の「1905年10月25日」、糧食(provisions)を積載してアムール川北水道からウラジオストクへ向かう航海中、アムール川河口西岸のメンシコフ岬から北微東二分の一東30マイルの地点において座礁・難破したとある。 ウラジオストクに到着しないスラバヤ号を捜索するため、1905年11月、ウラジオストクからイェプセン社のドイツ汽船「エルナ(Erna)」号が派遣され、またニコラエフスク側からも、現地の先住民がアムール川河口で難破船を見かけたという報告に基づいて捜索隊が出された。しかし、11月に入ると海面は急激な結氷期に突入し、捜索は完全に失敗に終わった。1906年3月3日付『Newcastle Daily Chronicle』によれば、ウラジオストクからロンドンへ届いた通信の段階では、同船および乗組員の生存は絶望視され、スラバヤ号は氷で破壊され、乗組員とともに海底へ沈没したものとされたらしい。 氷が溶け始めた1906年5月3日付のオランダの『NRC』によれば、ウラジオストクからの電報として、スラバヤ号の船骸が完全に氷に覆われた状態で発見されたことが報じられた。この記事でにおいて、乗組員の安否について「乗組員は死亡したように思われ、遺体はおそらくまだ船内にあるものと思われる」と、あくまで推測という記述がある。 ところが、この情報がオーストラリアの『Weekly Times』(5月12日付)、シンガポールの『Eastern Daily Mail』(6月11日付)、東京の『ジャパンタイムス』(6月19日付)などでは、「おそらく」という推測がなくなり、、『軍令部彙報』の「船員ノ死骸ト共ニ氷ニ包マレ居レリト」というようなセンセーショナルな確定事実へとなっている。 これに対し、5月12日付『NRC』掲載された電報(5月10日)には、スラバヤ号は「メンシコフ岬から20ヴェルスタ(約21.3キロメートル)の浅瀬にて」発見され、激しい流氷によって煙突とマストは氷にもぎ取られて船体は部分的に氷で覆われており、そして何よりも「乗組員の遺体はまだ発見されていない」となっている。 さらに同電報では、オホーツク海が完全に解氷する1ヶ月後(6月)にならなければ、船内への立ち入り調査や遺体の確認を含むさらなる詳報は得られないと結んでいた。 つまり、、『軍令部彙報』が伝えた「ニコラエフスクで乗組員全員の凍死体とともに発見された」という描写は、ニコラエフスクが電信発信場所であったことから遭難現場と混同され、かつ5月3日のウラジオストク発の推測情報が国際通信で変化し、センセーショナルな記述になったされた結果であると思う。 オランダの定期郵便船として建造された「スラバヤ号」は、ドイツ海運ネットワークによって極東へと送り込まれ、日露戦争ではロシア側の封鎖突破船となったが、日本海軍の厳重な海上封鎖によってアムール川河口へと逃れて、なんとか戦争を生き延びた。 しかし、講和成立の直後、浅い海域と冬の猛烈な結氷というシベリアの自然によって船体をもぎ取られ、乗組員の悲劇的な最期を迎えたとことになる。
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白土晴一@「Watch Dogs Tokyo」第1~3巻発売中! retweeted
こちらもよろしく〜〜!!
「BLACK LAGOON」25周年を記念した郵便局のグッズ ラグーン商会のツールボックスなど natalie.mu/comic/news/694248 #BLACK_LAGOON #ブラックラグーン
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実際の資料から実際に作劇に使えそうな情報をどう調べるかというのはなかなか難しい。例えば、アニメや漫画である特定の時代が選ばれる場合、特に必要になるのは登場人物の周辺の生活環境、住居や近所の人物、家賃や家事を誰が担っているかなどだろう。下の絵葉書で実際にどうやるかやってみよう。
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絵葉書を手掛かりにこういう細かい情報を拾っていくと、例えば、田舎からロンドンに出てきた文学青年の主人公が、相部屋で17シリング6ペンスで奇妙な同居人と暮らし、近所の女性音楽教師やプロの旅行ライターと友人関係を持ち、自転車に乗って移動し、大家に「ちゃんと家賃を払え」と言われるような設定が作ることが出来る。
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まあ、随分調べても実際のストーリーに出てくるのは、1割あればいいところですが(笑
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