1989年頃の上空から見た福岡市博多区周辺。
右にクランクを描くように見える道路が、供用直後の福岡南バイパスで、現在バイパスの頭上を通る都市高速道路が建設される前です。
バイパス横に見える緑地は、国際線ターミナルが移転される前の福岡空港の敷地です。
1974年 当時の国鉄志免駅前に停車中の西鉄バス。
1973年7月、国鉄勝田線(廃止)の志免~筑前勝田間が大雨被害で運休、バスによる代行運転が行われました。
画像のバスは前面に愛称表示板がついていたので、中長距離路線に使用されていた車両と思われますが、行先表示の「西 (貸 切) 鉄」が…。
10年前(2016年)の11月8日未明、博多駅前で地下鉄工事が原因と推定される大規模な道路陥没事故が発生しました。
近年、規模の大小を問わず各地で道路陥没が相次いでいますが、衝撃的だった事故から明日で10年という事で(画像上:地下鉄七隈線博多駅、下:事故現場)
1989年頃の上空から見た雁ノ巣(福岡市東区)付近
かつての飛行場跡地は雁の巣レクリエーションセンターへ変わりましたが、野球場やサッカー練習場が本格的に整備される前です。
今は周辺にヘリポートや海水淡水化センターが作られ、アイランドシティへ通じる道路が整備されています。
福岡市内の子どもたちは「芋掘り遠足」でここを訪れたのではないでしょうか。
1970年代、上空から見た国鉄門司機関区(当時)
蒸気機関車時代からの歴史を持つ拠点で、扇形機関庫や転車台も見えます。
北九州貨物ターミナル駅と一体化される際に扇形機関庫などは撤去され、敷地の一部は医療機関などへ転用されました。
1993年頃のJR博多駅ホーム。
水前寺(熊本)へ向かう783系「有明1号」と、博多へ到着した481系「さわやかライナー1号」(赤いみどり編成)が停車中です。
「ハイパーサルーン」と「レッドエクスプレス」が並ぶ光景は、当時の博多駅で日常的に見られた風景です。
1969年頃の渡辺通一丁目交差点周辺。
交差点を挟んで九電本社(電気ビル)と商店街などの木造建築が広がっています。
渡辺通りは拡幅工事の途中で、時代を感じさせます。
交差点横の商店街は、後にサンセルコやホテルニューオータニ博多として再開発されました。
西鉄福岡市内線 貫線・天神停留所(1971年頃)
バックに写る福岡銀行本店は建て替え前の姿で、いかにも銀行らしい歴史ある建物です。
今から51年前の11月、一部路線(貫線や城南線)が惜しまれつつ廃止されました。
上空から見た、竣工当時(1981年)の福岡空港国際線 旧ターミナル。
駐機場のB-747やDC-8などの機体が、当時の雰囲気を伝えています。
国際線機能は1999年に新しいターミナルへ移転しており、旧ターミナルは現在、国内線旅客ターミナル(北側)として活用されています。
JR博多駅ホームの1993年頃。
481系レッドエクスプレスの「にちりん」と、485系の「かもめ」 が停車中です。
この頃は、新型の783系や787系より「レッドエクスプレス」が存在感を放っていました。
1970年代の鹿児島本線 折尾〜黒崎間(当時)
北九州工業地帯の工場群を背景に、581系が駆け抜けていきます。
当時、581系は南福岡電車区に配置され、「明星」や「月光」といった関西〜九州間の夜行寝台特急から、「つばめ」、「有明」などの昼行特急まで幅広く運用されていました。
須崎ふ頭(福岡市中央区)の変遷
上:1963年頃 下:1989年頃
埋め立て工事が完了したのは1963年。
須崎ふ頭は海外からの輸入穀物を扱う大規模な保管施設を備えており、国鉄からの引込線も通っていました。
奥に見える天神の街並みもビルが大きく増えているのがわかります。
1993年頃の博多駅を出発する783系「ハイパーにちりん」
冷房装置が床下にあったので、屋根上が今よりもすっきりしていました。
デビューから約40年になり、半数が廃車になったものの、西九州新幹線の全線開業まで延命されるという噂も……。
あと何年走り続けるのか、今後の動向が気になります。
























