田淵 正浩 retweeted
田淵正浩は、雨の日に傘を持っていないことが多い。
理由を聞かれると、「どこかに置き忘れちゃったよ」と笑う。
5年前の晩秋。
冷たい雨の降る、夕暮れのバス停。
その日の田淵は、1本目の現場を終えて、2本目の現場へと向かうところだった。
ベンチで若い女の子が泣いていた。
ワンピース1枚で、傘もない。
マネージャーと二人でメーカーのオーディションを3社回って、3社とも落ちた帰りだった。そのマネージャーは、次の子の面接に行ってしまったらしい。
そんな事情を察してか、田淵は、自分のビニール傘を差し出した。
「いいよ、使って。僕の家すぐそこだから」
本当は、次の現場まで歩いて20分あった。
田淵はずぶ濡れで2本目の現場に向かい、翌日、38度の熱を出した。
だが、この話には続きがある。
先月。都内の中華料理店の軒先。
急な雨だった。
店から出てきた田淵の前を、一人の女性が通りかかった。
彼女は今や人気メーカーの専属で、毎月新作が出る有名女優だった。
傘を持たない田淵を見て、彼女が足を止めた。
「田淵さん、良ければこの傘どうぞ。私の家、すぐそこなので」
「……ありがとう。あの、どこかで共演を?」
彼女は笑った。
「共演はまだです。5年前、バス停で。あの日の傘、まだ家にあります。あれを持って行った4社目で、初めて受かったんです」
共演女優は1万人以上。それでも田淵は、あのバス停の泣き顔を一度も忘れたことがなかった。
あとで聞いたら、彼女の家はそこから歩いて20分だった。
別れ際、彼女は付け足した。
「再来月の撮影、相手役に田淵さんをお願いしました。オファーの連絡がそろそろ行くと思います。」
ってゆう▲▼の台本書いたんですが、却下になりました。
田淵 正浩 retweeted
田淵正浩は、20年前、現場でたった一度だけ「僕の準備がまだなんです」と頭を下げたことがある。本当は、とっくに準備できていた。
20年前のある現場。
部屋の隅に、汁男優の若者たちが並んで出番を待っていた。
その中の一人が、真っ青な顔をしていた。初めての現場だった。緊張で、どうしても「準備」が整わない。
監督の声が飛んだ。
「はい、汁男優さん、そろそろお願いしまーす」
彼はうつむいたまま、動けなかった。
その時、主演の田淵正浩が手を挙げた。
「すいません監督、僕の方がまだ準備できてなくて。5分ください」
現場が、ざわついた。あの田淵が、準備できていない?
5分後。若者は、無事に自分の出番を終えた。
帰り際、彼が頭を下げに行くと、田淵は笑って言った。
「緊張はね、真面目な証拠だから」
だが、この話には続きがある。
20年後。あの若者は、監督になっていた。
そして先月、彼の現場に、主演として田淵正浩が来た。
撮影の途中。ベテランの田淵が、ほんの一瞬、首をかしげた。
デビュー36年。そういう日も、ある。
その瞬間、若い監督が大きな声で言った。
「すいません、カメラの準備に時間かかってるんで、5分休憩しまーす」
そして、田淵の前にさっと衝立を立てて、スタッフにひと言。
「準備中は、決して覗かないでください」
カメラは、とっくに準備できていた。
5分後。撮影は、何事もなかったように終わった。
帰り際、田淵が監督の肩を叩いた。
「……バレてました?」
監督は笑って答えた。
「20年前、僕も同じ顔してましたから」
これが業界で語り継がれている、しるの恩返しという話でして…






