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家庭教師。 社会思想/文理融合/哲学的自然主義/発達障害/バスケ note(https://teapaw.org/t.co/VXLzqsQvjR) 昔のブログ(https://teapaw.org/t.co/mhEuQbT6FX)

Joined October 2009
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著名人は「分かる分かる」って思う一方で、読者・視聴者・ユーザー側からすると「べつにそんなことはないけど」って思うやつ。 そもそもなんでエゴサ前提?
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少なくとも私は誰かを批判するときは、その対象者に向けて書いているわけではなく、私と同じ読者、視聴者、ユーザーに向けた参考意見として書いている。 (だからメンションをつけて書くことはほぼ無い。) だから「批判対象に対する甘え」とか言われても全然ピンと来ない。
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「批判対象に対する甘え」が見られるのはSNSや掲示板よりもむしろ、書籍のほうであろう。 たとえば勅使川原真衣が津野香奈美に対する雑な批判を書いたのも、これくらいなら受け入れてもらえるだろうという甘えがあったのだと思う。 業界人同士のほうが相手への甘えが常態化しているのではないか。
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RP まぁそうなるよな。勅使川原真衣に誠意がないし、晶文社も能天気に販促イベントなんかやってたら、そりゃ被害者は心中穏やかではいられないでしょ。 晶文社という会社の評判・信用にも関わる問題。被害者が泣き寝入りするだろうと高を括った対応をし続けているからこうなる。
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担当編集者の安藤聡(あきら)は晶文社の取締役なのか。ということは安藤の判断は晶文社という会社としての判断ということになるわけだ。 これを止められるのは社長、副社長だけ。 shinbunka.co.jp/archives/129…
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面白い比較だなぁ。
韓国の入試問題(数学)の分析をちょっとしてみたが、日本とはかなり試験や選抜方法が違うと感じた。 数学の問題自体は東大の個別試験などと比べるとかなり簡単である。日本の共通テストレベル。ただし、圧倒的に制限時間が足りない。 ↓のような問題を30題で100分。 ソウル大学などは30問中1,2問ぐらいしか落とせないらしい。 東大や京大の二次試験のように超難しい問題で半分取るゲームとは全然違う。 確率の問題↓もこれが最難問レベルと考えると日本よりは簡単である。(3分から5分で解くのはそれなりにトレーニングが必要だが) 韓国が受験地獄というのは想像がつく。 このように易しい問題で高得点が必要なタイプの試験は、地頭が悪くても何とかなるので、地獄のようなゲームになりやすい。 受験産業がテクニックを徹底的に磨くからだ。 日本の東大の理系数学などは地頭が悪いとどれだけ時間を使ってもできない人にはできないので、ゲームとしては熾烈ではなくなる。
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井上浩輔『「もしも」で命は救えるか? 因果推論入門』。 ジューディア・パール『因果推論の科学』を一般向けに分かりやすく説明し直したような本。 第二章まではよくある導入で、RCTとかシンプソンのパラドックスとかモンティ・ホール問題とかのお話なのだが、第三章から本格的な議論になる。
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世の中の「エビデンス」に難癖を付けている医師もいる。大脇幸志郎だ。井上と同じ東大医学部出身(大脇のほうが6歳上)だが、エビデンスへの向き合い方は正反対だ。 私は当然井上の側に立つ。エビデンスに対して人文学的なノリで揶揄するよりも、丁寧にエビデンスを生産していくほうが建設的だ。
大脇幸志郎『なぜEBMは神格化されたのか』。まずまえがきでビッグマウスを吐く。 「いま世の中でエビデンスと呼ばれているもののほとんどすべてがその名に値しないことを理解してほしい。」 しかしその数行後には目を疑うよな言い訳が出てくる。→
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第4章もとても面白かった。糖尿病患者が抑うつ症状を併発すると心臓病リスクが6倍に跳ね上がるという。このような重要な因果関係を見つけることができたのは、周辺構造モデルという技術のおかげだという。それは絡み合う糸を一つずつ整理するような技法だそうだ。 有用な知見を提出してるのが偉い。
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いや偏差値じゃ駄目だ。偏差値は主体性を測る尺度の代用にはならない。 というより、主体性を測る尺度を開発する必要があるのだと思う。 偏差値のような相対評価ではなく絶対評価で、学年を縦断して使える指標であるべきだろう。 精神科がやってるパーソナリティ機能の診断みたいな要領だ。
「見捨て教育」問題は対象生徒の属性によって解が異なるので、最低限次のように区分したい。 偏差値60以上=探究型でよい 偏差値50以下=パターナリズム必要 モンペの子ども=見捨てるしかない モンペの子どもは教育できないので、いずれ事件が起こって児童相談所とかの福祉マターになるの待ち。
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知能も一定程度は必要だろうが、それ以上にパーソナリティがどこまで成熟しているかが重要だ。それに応じて、自由裁量の余地をどこまで与えるかを調整すればいいと思う。 具体的な評価項目としては、長期的な目標を持っているか、その目標は社会性があるか、モチベーションは高いか、等になるだろう。
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逆に言うと、そのようなパーソナリティが育っていない生徒に対しては、とりあえず勉強しろという指導になるわけだ。 一般にASDやADHDなどがある生徒はパーソナリティの成長も遅いので、パターナリスティックな(支援付きの)指導が是認されやすいだろう。
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「見捨て教育」問題は対象生徒の属性によって解が異なるので、最低限次のように区分したい。 偏差値60以上=探究型でよい 偏差値50以下=パターナリズム必要 モンペの子ども=見捨てるしかない モンペの子どもは教育できないので、いずれ事件が起こって児童相談所とかの福祉マターになるの待ち。
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また、学力だけでなく神経多様性に応じたパターナリズムも必要。ASDやADHDの子にはその特性に応じたパターナリスティックな支援が必要。 そのためにはまず、グレーゾーンも含めて積極的に診断していくことが必要。 診断が本人にとって不利にならず、むしろメリットしかないイタリアみたいな体制に。
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読んだ。私立中高も国の教育改革の方針を前向きに受け止めていることが分かる。たとえば文理分断からの脱却が必要だという方針も共有している。 学校はまだまだ教育の理念を諦めていないことが伝わってくる、頼もしい声明文だと思った。 また、保護者への啓発は国の責任でやってくれというのも切実。
タイムラインが「見捨て教育」や詰め込みへの先祖返りを望む声であふれているのを横目に、10/31の中教審・教育課程企画特別部会における関係者ヒアリングでは、日本私立中学高等学校連合会から「学習指導要領が目指している方向性そのものには賛同」「高校教育の改革と大学入試の改革を、一体で進めてほしい」という要望が示されていますよっと。 資料には、“生徒・保護者は既存の入試に最適化した学習を求めざるを得ず、高等学校教育における取組は実効性を欠くおそれがある” とまで。ちゃんと大学入試改革を進めてくれと国に注文つけてますね。
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最近話題の「見捨て教育」もそれで、本人のありのままを尊重するという建前で、教育のストレスフルな部分を親や教員が回避し放置した結果、社会に出たり、生きていく為に必要な現実にぶつかってクラッシュしたりしてて、人生を長期でみたらむしろ本人のためになっていないのでは、ということが多い。……長期的に本人のためになるが短期的にはストレスがある、ということの価値や必要性を当人は分からないわけだから、本人の尊重が必ずしもいい結果に繋がるわけではないというジレンマをまじめに考える必要あると思う
心理学の教授が昔、同じような話をしていた。ガチでコレ。人間には「自己肯定感を守りたい」という強い防衛本能(認知の歪み)があります。そのため、自分の間違いや危険性を指摘されると、脳はそれを「存在の否定」や「攻撃」として受けて止めてしまいがちです。 結果として、真実を伝える側は「相手の防衛本能からの反発(感情的な怒りや嫌悪)」を直接買いやすくなります。 「相手が後で困る」と分かっているのに黙っている行為は、一見穏やかで優しい配慮に見えて、本質的には「相手の痛みを先送りし、利息を付けて未来の本人に返済させる」という最も残酷な放置です。
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VIVANTの情報ブローカーの声にもちろん聞き覚えがあるわけだが、誰の声かと言われるとはっきりしない。 AIに聞いたらまず「セル」の声だと。他には下記の通り。 個人的には「プリズン・ブレイク」のティー・バッグ役というのが面白かった。あーあれか。
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ちなみに『ち。』に出てくる公安のおっさんは違うの?と聞いたら別人だった。こちらは気だるい声が特徴で、呪術廻戦の七海とかの声をやっているとのこと。
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大脇幸志郎『なぜEBMは神格化されたのか』に対する専門家による書評はこれくらいしか見当たらない。 「非常に危うい内容」 「非科学的な医師の言動に接近しすぎてしまう危険性を感じた」 などと書かれている。 エビデンスという名の神は死んだのか |藤田 卓仙 | 東京財団 tkfd.or.jp/research/detail.p…
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なお、書評中で乳がんの温存療法を唱えた後、非科学的な主張をするようになってしまった某医師というのは近藤誠だと思われる。
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