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今まで書いてきた本の一覧です。
興味のある方だけ、そっと見ていただければ嬉しいです。
👉 tranvanquyen.com/books-list/
劣等感に焼かれ、
外国人に負けていると感じている排外主義者は、
外国人を「害人」と呼ぶ。
なぜなら、
まともに働き、
勉強し、
努力している外国人に、
正面から勝つ自信がないからです。
たしかに、
排外主義者にとって、
頑張っている外国人は気に入らないのでしょう。
でも、
会社も、
病院も、
介護現場も、
地域社会も、
外国人を必要としているところはたくさんあります。
つまり、
排外主義者にとっては「害人」でも、
社会にとっては「必要な人」。
では、
本当に社会にとって「害」になっているのは、
どちらなのでしょうか。
だから、
ネトウヨたちのような特殊な行動を見ていると、
その人たちが
どんな環境で育ち、
どんな情報に囲まれて生活してきたのかが見えてきます。
そして、
どの程度の教育を受け、
どれだけ自分で考える習慣を身につけてきたのかも、
ある程度は想像できます。
人は環境の影響を受けて育つ。
そう考えると、
「日本人だから優れている」
「日本は素晴らしい」
と単純に言い切るのは難しい。
なぜなら、
その「素晴らしい日本」が作った環境の中から、
ネトウヨという存在も生まれているからです。
「純血の日本人は優れている」
「日本人だけが特別だ」
と主張する人は一定数います。
もちろん、人間には遺伝や身体的特徴の違いがあります。
でも、
言葉。
価値観。
生活習慣。
文化。
こうしたものは、
「人種」だけで決まるものではありません。
むしろ、
人がどこで育ち、
どんな社会で生活し、
どんな言葉や文化に囲まれてきたか。
その環境の影響はとても大きい。
分かりやすい例があります。
中国に残された日本人の子孫の中には、
日本語ではなく中国語を使い、
日本文化よりも中国社会や中国文化の影響を強く受けて
育った人たちがいます。
血筋だけを見れば「日本人」につながっていても、
生活の中で身につけるものは、
その人が育った環境によって変わる。
もし本当に、
「日本人という血だけで、日本語も日本文化も自然に身につく」
のであれば、
中国で何十年生活しても、
日本語や日本文化がそのまま維持されるはずです。
でも現実はそう単純ではありません。
結局、
人を作るのは血だけではない。
環境、教育、経験、社会も人を作る。
「日本人だから優れている」
という話より、
「どんな環境で、何を学び、どう生きてきたのか」
そちらを見た方が、
人間を理解するにはずっと現実的だと思います。
「純血の日本人は優れている」
「日本人だけが特別だ」
と主張する人は一定数います。
もちろん、人間には遺伝や身体的特徴の違いがあります。
でも、
言葉。
価値観。
生活習慣。
文化。
こうしたものは、
「人種」だけで決まるものではありません。
むしろ、
人がどこで育ち、
どんな社会で生活し、
どんな言葉や文化に囲まれてきたか。
その環境の影響はとても大きい。
分かりやすい例があります。
中国に残された日本人の子孫の中には、
日本語ではなく中国語を使い、
日本文化よりも中国社会や中国文化の影響を強く受けて
育った人たちがいます。
血筋だけを見れば「日本人」につながっていても、
生活の中で身につけるものは、
その人が育った環境によって変わる。
もし本当に、
「日本人という血だけで、日本語も日本文化も自然に身につく」
のであれば、
中国で何十年生活しても、
日本語や日本文化がそのまま維持されるはずです。
でも現実はそう単純ではありません。
結局、
人を作るのは血だけではない。
環境、教育、経験、社会も人を作る。
「日本人だから優れている」
という話より、
「どんな環境で、何を学び、どう生きてきたのか」
そちらを見た方が、
人間を理解するにはずっと現実的だと思います。
小学校から身につけるような基礎知識すら十分に学ばず、
子ども部屋や2ちゃんねるのような
「自分にとって都合のいい空間」の中で、
言葉をすり替える。
言い訳をする。
都合のいい部分だけ切り取る。
そんなやり方に慣れてしまった人は、
そろそろ目を覚ました方がいいと思います。
閉じた空間の中では、
それでも「勝ったつもり」になれるでしょう。
でも、
世界はそんなに狭くありません。
違う言語。
違う文化。
違う価値観。
違う教育を受けた人たち。
そういう人たちと向き合う時に、
「すり替え」
「切り取り」
「言い訳」
だけで競争できると思っているのなら、
それは大きな勘違いです。
自分の空間で通用した方法が、
世界でも通用するとは限りません。
コメントを制限したことで、
腹を立てているネトウヨもいるようです。
でも、
俺にはネトウヨを説得する責任もなければ、
一から教えてあげる義務もありません。
無知なままでいたい人は、
そのまま無知でいればいい。
そして、
その無知も、
排外も、
差別も、
世界中に向けて発信し続ければいい。
きっと、
「素晴らしい日本」のイメージ作りに、
大きく貢献してくれるでしょう。🤣
「俺は人種差別なんてしていない。
ただ、ベトナムが嫌いだから、
ベトナム人のお前も嫌いなだけだ」
と弁解するネトウヨがいます。
でも、
国が嫌いだから、
その国の人間まで一括して嫌う。
それを何と呼ぶのか、
少し考えた方がいいと思います。
「差別ではない」と言いながら、
説明すればするほど、
自分で差別の構造を説明してしまっている。🤣
「外国人は出ていけ」
と言われなくても、
「ここに残る必要はない」
と感じれば、
たとえ「残ってください」と言われても、外国人は出ていきます。
外国人には、
日本を選ぶ自由もあれば、
日本を離れる自由もある。
一方で、
嫉妬に焼かれて
「外国人は出ていけ!」
と吠えている本人は、
日本がどれだけ嫌でも、
自分ではなかなか出ていけない。
「スゲー日本人」を名乗りながら、
実は一番、日本という場所に縛られている。
なかなか皮肉な話ですね。🤣
「日本はスゲー」
だから、
「日本人である俺もスゲー」
という思い込みは、
やはり正しくないと思います。
国の実績と、
個人の実力は別のものです。
しかも、
自分の国の言葉である日本語すら
まともに使えないのに、
「日本スゲー」
「日本人の俺もスゲー」
と胸を張る。
それでは、
「スゲー日本」の看板を借りて、
自分を大きく見せているだけ。
むしろ、
その「スゲー日本」に対する
侮辱になってしまうのではないでしょうか。
一部の外国人が起こした犯罪を持ち出して、
まったく関係のない外国人にまで
「出ていけ」
「危険だ」
と吠える。
それは、
犯罪者と戦っているわけでもなければ、
愛国心でもありません。
本当に犯罪が問題なら、
批判すべき相手は犯罪をした本人です。
無関係な外国人にまで怒りを向けるのは、
結局、
普通に働き、普通に生活している外国人に対する
嫉妬や劣等感の表れ
なのではないでしょうか。
犯罪を理由にしていても、
見ている相手は「犯罪者」ではなく、
「外国人」になっている。
そこが一番おかしいところです。
最近、少し悲しいと感じることがあります。
子どもが通っている私立学校で、
外国人の同級生が
「日本を離れます」
と順番にいなくなっていくのです。
私立学校に子どもを通わせている家庭ですから、
少なくとも、
「日本に寄生している外国人」
というイメージとは、かなり違う人たちでしょう。
そういう外国人家庭と、
その子どもたちが日本を離れていく。
その一方で、
外国人労働者の数は
過去最多を更新し続ける。
勉強し、
子どもを教育し、
日本で長く生活しようとしていた外国人が離れていき、
仕事をするためだけに来る外国人を
大量に受け入れていく。
もしこの流れが続けば、
数年後には、
その結果が社会のどこかに現れてくるでしょう。
そして、その時になったらまた、
「外国人が悪い」
と叫ぶ人が出てくる。
でも、
その外国人を選び、
その社会の形を作ってきたのは誰なのか。
そこまで考えないと、
同じことを何度でも繰り返すことになると思います。
少し敏感な「異文化」について話します。
外国人の行動を見て、
一部の日本人がすぐに
「危ない」
「怖い」
と決めつけることがあります。
でも実際には、
単に自分が見慣れていないだけで、
その行動自体は「無害」である場合も少なくありません。
以前、本にも書きましたが、
ベトナム人たちが自分の家の中で、
上半身裸のまま食事をしていた。
それを家の前の道から見た日本人が、
会社に電話して、
「危ない」
と訴えたことがありました。
でも考えてみれば、
外国人であろうが日本人であろうが、
自分の家の中で上半身裸になっているだけなら、
誰にも「害」は与えていません。
ここで問題なのは、
「自分とは違う」
↓
「よく分からない」
↓
「怖い」
↓
「危険だ」
と、頭の中で勝手に変換してしまうことです。
異文化理解で大切なのは、
何でも受け入れることではありません。
まず、
「違和感」と「危険」を分けて考えること。
自分にとって見慣れない行動だからといって、
それが他人に害を与える行動とは限らない。
「違う」と「危ない」は、
まったく別の言葉なのです。
前から不思議に思っていることがあります。
病院などで、
お父さんやお母さんが子どもに本を読んであげている姿を見ると、
「日本人のお父さんやお母さんはすごいな」と思います。
子どもの頃から、
あれだけ本を読んでもらい、
言葉や物語に触れる機会がある。
それなのに、
大人になってネトウヨになってしまう人がいるのは、
なぜなのでしょうか。🤣
それとも、
ネトウヨになってしまった人たちは、
子どもの頃に本を読んでもらう機会すらなかったのでしょうか。
もしそうなら、
少しだけ気の毒にもなります。
勉強もせず、
偏見だけで他人を差別する。
そして、
嫉妬心に焼かれて排外を続ける。
でも、
そうすればするほど、
日本の未来まで暗くしていることに、
そろそろ気づいた方がいいと思います。
外国人を下げても、
自分が上がるわけではない。
外国人を追い出しても、
日本が強くなるわけでもないのです。
言葉の力が弱いと、
自分の考えを正確に伝えられない。
相手の文章も正確に読めない。
複雑な話になると、すぐに理解できなくなる。
すると、
使える言葉が少ないぶん、
考え方まで単純になっていく。
「賛成か反対か」
「日本人か外国人か」
「味方か敵か」
そんな二択ばかりになる。
そして最後は、
「論破!」
「反日!」
「出ていけ!」
みたいな、短い言葉だけで世界を処理し始める。🤣
言葉が少ないということは、
表現の自由が狭いというだけではありません。
考える自由そのものまで狭くなる。
日本語が母語なのに、
その日本語を十分に使えないネトウヨを見ていると、
そこが一番もったいないと思います。
私もよく食べに行くお店ですが、
閉店するのは残念ですね。
でも、閉店しないで、
「天下一品」から
「天下二品」に改名してでも
営業を続けてほしいですね。
一品がダメなら二品。
それでもダメなら、
天下三品まで頑張りましょう。🤣
news.yahoo.co.jp/articles/cf…
いや、
デフレはそのまま維持した方が
いいのかもしれませんね。🤣
その方が、
「愛国者」に対するインフレが続き、
愛国者の価値も
どんどん上がっていきますから。🤣
物価の「デフレ脱却」を
宣言するかどうかで悩んでいるようですが、
もっと簡単な話でしょう。
給料に対する「デフレ」を
脱却できればいい。🤣
物価だけがインフレして、
給料が置いていかれるから生活が苦しくなる。
物価より先に、
給料の「デフレ脱却宣言」を
聞いてみたいですね。
news.yahoo.co.jp/articles/f2…






